テロを擁護する朝日新聞社説の思想構図(上)
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平成17年7月7日に起きたロンドン同時爆破テロに言及した朝日新聞社説を俎上に乗せる。テロ国家北朝鮮を(私は自国民の1〜2割を餓死せしめるような政治体制を近代的な意味での国家とは呼べないと思うけれど、その北朝鮮)を擁護し続けている朝日新聞は、ここでもまた世界のテロ勢力を鼓舞しテロを誘発し日本国民と日本市民を危険にさらしかねない論説を発信している。私にはそうとしか思えなかった。以下にこう判断した経緯を述べる。まず、朝日新聞の社説を著作権法の侵害にならない範囲で引用しておく。以下、引用開始。 ◆平成17年7月8日 「英同時テロ あの悪夢がよみがえる」 だれもが、4年前の9月11日、ニューヨークなど米東部を襲った惨劇を思い起こしたことだろう。ロンドンの中心で、朝の通勤ラッシュ時を狙いすました同時爆発テロが起きた。(中略)サミット議長国の首都の心臓部を襲う大胆不敵さには身震いがする。(中略)首脳たちがうたいあげるはずだった「テロとの戦い」をあざ笑うかのようだ。(中略) ニューヨーク、マドリードに続いて今度はロンドンが襲われた。イラク戦争への報復が直接の動機なのかもしれない。だが、G8に代表される先進諸国への憎悪が背景にあると見るべきだ。テロへの怒りと悲しみを、われわれも共有したい。 ◆平成17年7月9日 「テロとの戦い 力だけでは勝てない」 ロンドンは政治的に寛容な街である。19世紀、亡命したドイツの思想家カール・マルクスがここで「資本論」を書いた。亡命政権、亡命貴族が居を構えたりもした。(中略)その寛容な社会を、卑劣な同時爆破テロが襲った。(中略) ブレア英首相は、(中略)いち早くテロ非難の声を上げた英国内のイスラム教徒団体の声明に触れて、国民に冷静さを訴えたのである。(中略)この発言を高く評価したい。2年前にイラク戦争が始まった時、われわれは「宗教戦争にするな」と主張した。憎むべき無差別テロへの怒りを宗教に短絡させるのは誤りだ。(中略)イスラム世界の穏健派を味方につけ、テロ組織とその支援者を孤立させる努力こそ求められている。 テロとの戦いは難しい。マドリード、ロンドンと続いたテロは、通勤時間帯の公共輸送機関という、巨大都市のアキレス腱(けん)を狙いすまして攻撃した。大勢の人びとが往来するなかでの警備は極めて難しいことを思い知らされた。 この戦いに勝つには、基本的なことだが、警察や情報機関の捜査能力を高めるしかない。事前にテロの準備を察知し、事後には犯行グループを追いつめ、摘発する。そのためには国際的な監視網、捜査網に各国がもっと投資すべきだ。行き過ぎたテロ捜査が人権を損ない、人びとの信頼を失うようでは実効は上がらないことも指摘しておきたい。簡単なことではないが、市民に支持されてこそ通報などの協力を得られ、テロに立ち向かうことができる。 それにしても皮肉なことである。テロの芽を摘むというのもブッシュ米政権がイラク攻撃に踏み切った理由だった。それなのに、世界はよけい危険になってしまったように見える。(中略)むき出しの武力だけではテロを抑え込めないどころか、はびこらせる結果にさえつながる。 ◆平成17年7月10日 「サミット たそがれが漂った」 主要国首脳会議(サミット)は、その年ごとに世界の世相を反映する。30年を迎えたことしのグレンイーグルズ・サミットが示したのは、「たそがれ」だった。(中略)話し合った問題も、サミットでは解決が難しいものばかりだった。(中略) 今回のサミットの成果といえば、アフリカへの支援を明示したことで、2010年までにアフリカへの援助額を倍増することを約束した。(中略)とはいえ、アフリカに住む多くの人々の生活を支えるのは農業である。先進国が農産物の市場を開放する一方で、農産物の輸出補助金をなくさなければ、アフリカの貧困はなくならない。(中略) ロンドンで起きた同時爆破テロに対する共同声明の中で、テロをなくす長期的な課題として、圧政と戦い、貧困をなくし、よい政府を育てることを掲げた。確かに、「新しい世代のテロリストの出現を防ぐ」という視点は必要だ。しかし、それなら、イラクやパレスチナの悲惨な状況がテロ組織を広げている現状についても、もっと議論すべきだったろう。 この世界をうまく運営していくには、「先進国クラブ」の枠を超えて、さまざまな国々と協力していくしかない。今回、中国やブラジル、インドなど経済成長が著しい国や、貧困に苦しむアフリカ諸国の代表が招かれたのは、今後の進むべき方向を示している。たそがれるサミットは、世界規模の問題に謙虚な姿勢で立ち向かうしかない。 この社説のどこが問題か? 結論を先に書く。それは、テロ勢力の存在を許容し、テロ勢力と闘う現下の国際秩序を否定し、かつ、テロリストを封じ込め壊滅させる日本を含む諸国家の努力を冒涜するものである。そして、その論法はいつにもまして空虚な文学的表現によって謳いあげられた詐術そのものである。曰く、「テロ組織とその支援者を孤立させる努力」、「この世界をうまく運営していくには、「先進国クラブ」の枠を超えて、さまざまな国々と協力していくしかない」、「むき出しの武力だけではテロを抑え込めないどころか、はびこらせる結果にさえつながる」、「行き過ぎたテロ捜査が人権を損ない、人びとの信頼を失うようでは実効は上がらないことも指摘しておきたい」、と。 テロがこの地球上から完全にはなくならないだろうという事実判断と、テロ勢力を壊滅させるべきであるという価値判断はその存在する位相を異にする。それらは決して矛盾するものではない。そして、我々はテロ組織とその支援者を「孤立」させることで(逆に言えば)彼等との<平和的共存>などを目指すべきではないのではないか。我々が目指すべきは彼等の壊滅なのではないか? ならば、テロとの闘いの詰めあがりの図として、テロ組織とその支援者の「孤立」をイメージする朝日新聞の社説はテロ勢力を擁護するものと考えるべきであろう。 この世界をうまく運営していくには、「先進国クラブ」の枠を超えて、さまざまな国々と協力していくしかないというのは正しいだろう。最早、アメリカ一国やアメリカの同盟国だけではテロ勢力を壊滅できないことは明らかであろうから(ちなみに、ブッシュ大統領はアフガニスタンやイラクでの戦争が終わればテロ勢力を壊滅できるなどと言ったことはない。ブッシュ政権はアフガニスタン戦争の前から、一貫して、テロとの闘いは二三十年に及ぶ長い困難な闘いになる、と述べておられる)。しかし、先進国以外に自国と直接のかかわりもないテロやテロ組織と闘うために軍事・治安・資金と物流と情報の監視にコストを負担する余裕のある国が世界のどこにあるというのか? 皆無である。ならば、先進国が率先してテロとの闘いの世界標準のルールを構築しない限り、先進国の枠を超えたさまざまな国々との協力など金輪際実現できるはずはないだろう。この現実を見ずして(また、「さまざまな国々と協力」関係をいかにして構築していくのかの処方箋を提示することなく)、既存の先進国主導の国際関係秩序を揶揄することは、論理的には、テロ勢力の延命をサポートすることと同値である。 さらに、「むき出しの武力」という文学的で美しいけれど無内容な言葉を持ち出すことによって、朝日新聞はテロ勢力に援護射撃を行っている。クラウゼビッツ『戦争論』の洞察を持ち出すまでもなく、国際法的にも国際関係論の初歩的な認識からも「むき出しの武力」などこの世に存在しない。畢竟、すべての武力行使は法的解釈と正当性に関する政治的主張を伴う。畢竟、すべての武力行使は外交活動の地続きの近傍にある。ならば、「むき出しの武力」を否定することはそれと分離できない(国際交渉や国際協力を含む)テロとのすべての闘いを放棄するように促すものに他ならないであろう。 これらは3点はテロ勢力へのモラルサポートと言える。これに対して、空虚で無内容な「人権」という言葉を持ち出して治安当局の手足を縛る論理はテロ勢力への実体的なサポートである。蓋し、戦時国際法の認める(正規軍兵士と非戦闘員という)権利の主体ですらないテロリスト。要は、見つけられしだい「切捨て御免」になっても国際法上、原則、何の問題もないとされる(それくらい)卑劣なテロ勢力との闘いにおいて警察や我が勇敢で優秀なる自衛隊の行動を(一般論として)制限する議論は空虚ばかりではなく有害である。 あるいは朝日新聞は、具体的なテロ勢力の実力とそれが惹起すると予想される具体的な被害規模が明確にならない限り、治安当局による人権の制限が妥当かどうかを決定することはできないとでも考えているのだろうか? 端から市民生活と国民の生命・身体・財産への攻撃を目指すテロリストに対抗する上で、政権担当者と国会の多数が合理的と判断した施策を実施するために(必要な範囲で)人権が制限されることの何が問題というのか? その人権制限が過度のものであるかどうか/あったかどうかを後に選挙を通して国民が判断し(もし、過度であったのであれば政権担当者は政治責任を問われ)、また、事後的な司法の救済措置が保障さられるのであれば、テロ対策を理由とする人権の制限は憲法的に何の問題もないと私は考える。人権の保障とは本来そんなものだろう。 朝日新聞がこのような反社会的な社説を書いて豪も問題と感じない背景には、日本には次のように考える論者がまだ存在しているからかもしれない。 (甲)平和と民主主義を希求する人間の本性 充分な情報と行動の自由が与えられるのならば人間は平和と民主主義を求めるはずのものであり、(ナショナリズムや宗教を契機とした排外主義的な揺り戻しは常に起こるだろうし)道は遠く平坦ではないもののいずれ全人類は平和と民主主義が支配する国際的秩序を形成するはずだ。そして、 (乙)戦争と圧政とテロの原因としての近代主権国家 曲がりなりにも民主主義の正当性と正統性が認められ、(集団的自衛権の行使を含む自衛戦争と集団的安全保障の発動たる戦争以外の)戦争が原則的にせよ違法であるとされた第二次世界大戦以降も、しかし、人類は戦争と専制的な独裁ならびに社会の集団主義的な桎梏のもたらす悲惨と不条理から、よって、テロの応酬から解き放たれていない。戦争とテロと抑圧の原因は、平和と民主主義を希求する人間の本性を曇らせるファクターが存在しているからである。それらは、偏狭で非合理なナショナリズムや宗教、あるいは、ナショナリズムや宗教を操作して国民に反民主主義的で抑圧的かつ差別排外的な政治体制を支持せしめ、国民に武器を取らせる前時代的な主権国家に他ならない。特に、冷戦終了後の世界の唯一の超大国アメリカが<9・11>以降、単独行動主義的な傾向を強めたことが大きい。 (丙)戦争と圧政とテロの最終解決の道と暫定的対処方法 テロとは、民主主義と平和を希求する人間の本性とこの人間の本性に反する主権国家(ならびにそれら主権国家、就中、超大国のアメリカが形成する現代の国際秩序)との間の矛盾が生み出すものである。また、暴力を暴力で完全に封じることはできず、それは、しばしば一層過激で陰惨な新たな暴力を招くだけである。ならば、テロの最終的な解決は主権国家と人間の本性との矛盾の解決(主権国家の解体)であり、また、それまで人類が行えるし行うべきは、暴力の応酬はできるだけ控えよく話し合うこと;できるだけ多くの諸国民を反テロ側に引き込むことによって実質的にテロ活動を押さえ込み暴力の応酬を沈静化することである。小泉首相も言ったではないか「罪を憎んで人を憎まず」、と。 朝日新聞の反社会的社説の根底にはこのような認識が横たわっているのではなかろうか。
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