前坊守のお祥月

 昭和60年11月21日、御本山の報恩講に団参でお参りに行く途中で『心筋梗塞』でなくなりました「華香院」のお祥月を勤めました。
 初代坊守として、男勝りで何でもでき強い女性でした。貴方様のお陰で今の常照寺があると思いながら勤めさせていただきました。
 お花は池坊、お茶は裏千家、字は早くてうまく、計算は早く、ピアノも独学で弾くなど、すばらしい人でした。時々、私と考えがぶつかり「喧嘩」になることもしばしばありました。今では良い思い出と反省です。                        合掌
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本堂の仏華

 本堂で、ご法事が勤まりますので「本堂の仏華」を生け変えました。
掃除を丁寧にし、準備は終了。気持の良い日になりました。 合掌
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寺報「ほうおん」90号

11月4日と5日にかけて、報恩講に向けての『ほうおん90号』を作成しました。
これから、報恩講の準備が進みます。
①11月24日おみがきと役員会
②12月4日と5日 仏華
③12月 5日お華束
④12月 6日お斉つくり
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多くの参詣がありますことを念じています。  ≪合掌≫

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高山別院

 11月3日高山別院へ参詣しました。
報恩講中で、御満座を参詣し、教如上人展を拝見してきました。
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早速読ませていただきました。
はじめに、「東本願寺創立の理念」大桑 齊師の文書。
 1 教如上人のご生涯と理念
           2 理念の具体化=和讃下記添え十字名号
          3 理念の根拠=『浄土文類聚鈔』文掛軸
       4 各地潜伏巡回と地域信仰共同体
5 真向御影と御坊開設
            6 僧俗分離と弾圧に抗しての本願寺別立
 
 
 

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第3回教如上人に学ぶ

 10月26日青木馨先生を迎え、「第3回教如上人に学ぶ」を開催しました。
史実を中心に出来事とその意味を解説され、御門徒ともども大変勉強になりました。
 教如上人の並々ならぬ「御開山 親鸞聖人」への思い、西尾門徒の結集。
1 慶長18年の教如上人の寿像の裏書き
  「三州幡頭郡吉良庄西尾郷 惣門徒中 聖運寺常什物」(西尾郷門徒あての寿像   が下がる程の門徒の方々)
2 教如上人の葬儀の導師を行う「聖運寺の宝光坊唯宗」
  「重要日記抜書、宇野新藏覚書」
3 教如上人の並々ならぬ決意
  「覚如上人の残された「本願寺聖人伝絵の康永本」を持ち、親鸞聖人の後継者た   る自負と自覚」
≪私としては、新しい発見が沢山あり、「今」と「場」が問われていると感じました。≫
 聖運寺様・正念寺様には、教如上人にまつわる「宝物」を拝見させていただきあり  がとうございました。            合掌
 
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本山の仏華

 10月4日本山参詣。教如上人四百回御遠忌の『仏華』を紹介します。
お西(本願寺派)はお華束、お東は仏華と言われていますように立派な「仏華」でした。
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南無太子

 10月5日、日展作家の「大河内正敏師」より『南無太子』を頂きました。
以前より作成を依頼しておりましたが、出来上がってきました。素晴らしい出来栄えで満足しています。
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大河内様、ありがとうございました。≪合掌≫
 

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 10月4日本山の教如上人四百回御遠忌に参詣しました。イメージ 1
教如上人は、現在の大谷派を創立された御門主で「家康」の土地の寄進は受けたが、お金の寄進は断られたそうです。門徒の御懇志によって維持管理し、親鸞の御教えを伝えて行くことを念じられました。
 地域に、信仰共同体を設立し拠点となる別院も造られました。帰依処としての本山には、前橋市の「妙安寺」より御真影(現在の御影堂に安置されている親鸞木像)を譲り受け、現在にいたる。
<教如上人の理念>を再認識すべき時をいただいた、と感じました。
<合掌>
 
 
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