港区に塩竈神社が
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昨日、浜松町まで出掛けた帰り道、新橋まで歩いてみました。
メイン道路から一筋違えて歩いていると忽然とビルの谷間に緑の多い場所がありました。
公園と神社があり、神社は昨年の東北大震災で被害のあった奥州一宮「塩竃神社」と同名です。
説明書きを読むと、この場所に仙台伊達藩中屋敷があったとのことです。
整備された公園のベンチには寒さのせいで人影はありませんでしたが周辺のサラリーマンが休息するには良いは所かも知れません。
都内にも歩いてみると、すぐ近くに思いもしない場所があるのだと思いました。
これからも気が向いた時に、ブラリの散歩を楽しみたいと.....
塩竈神社
元禄8年四代藩主伊達綱村公が奥州一宮の塩釜神社を汐留の上屋敷に分霊勧したのに神社の起源となります。安政3年に伊達家上屋敷から、仙台藩中屋敷が移り邸内社として祭っていました。
その後安政5年に十三代藩主・慶邦公によって、一般の人々にも参拝を許し、安産、安全の神様として信仰されて来ました。 塩釜公園の沿革(東京都港区より)
江戸時代、この公園の場所は仙台藩主伊達家の中屋敷内にあり、盬竃(しおかま)神社の境内になっていました。この神社は、はじめ元禄8年(1695)に今の東新橋にあった伊達家上屋敷内に領地の盬竃神社本社から分霊を迎えて祀られていたものが、安政3年(1856)に移転され、邸内社として祀っていました。その後一般の人々にも参拝を許し、本社に同じく安産の神様として信仰を受けました。 明治になり、大名屋敷がなくなってからも神社は存続しましたが、大正12年の関東大震災の後、災害時の避難場所の確保と町民の安息や子供の遊び場をかねて、昭和5年に東京で唯一の町立盬竃公園として開園しました。その後昭和46年、港区が区立塩釜公園として整備しましたが、敷地拡張に伴い、この度、全面改造を行いました。 |

いつも気が付かずに通っていた場所で発見があると興奮しますよね。
歴史後は 特に嬉しくなります。 今は検索サイトがあるので、嬉しいですね。
2012/2/4(土) 午前 11:29
意外な所に、名所旧跡があるものですよね〜。こちらでは河内の国
金剛山の梺に楠木正成公ゆかりの旧跡が結構あるので驚いたとこがありました。
「灯台下暗し」……なのかも知れませんね。
地元の散策は、ブラリの散歩にはピッタリですね。ポチ☆
2012/2/4(土) 午後 3:02 [ ポン太 ]
豚の鼻さん
外出した時に1駅の区間位を目安に歩くことにしています。
思わぬ発見に驚き、家に帰ってNETで調べると更なる発見がありました。
伊達藩の屋敷がここに有ったのか!とか興味が出てきますね。
2012/2/4(土) 午後 6:09
ポン太さん
都内にや家の近くに意外な史跡があるものですね。
時間が自由に使えるシニアとしてはもう少しぶらり散歩を楽しもうと思っています。
腰痛にならぬ程度に..(苦笑)
2012/2/4(土) 午後 6:13
私はこの時期、お茶の水・湯島聖堂・神田明神・湯島天神(梅の花が目当て)東京大学・本郷3丁目または上野へ出ても良い。このコースを良く歩きます。でも、今年は少し寒いですね。もう少し後が良いかも・・・。
2012/2/6(月) 午前 9:53 [ なた豆 ]
なた豆さん
今年は本当に寒いです。梅の開花時期も遅れるのでしょうね。
春に向かって少しずつ季節が移ろいでいるのは日没時間で分かるのですが....
ご紹介の場所は個別には行っていますがコースとしては歩いたことはありません。
暖かくなったらトライしてみようかと思います。
2012/2/6(月) 午後 2:44