|
普天間飛行場「移転先」の大浦湾 青空・漁場「台無し」
2005年10月29日23時51分
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先が、沖縄本島北部、名護市の大浦湾と辺野古崎にまたがる場所に決まった。約2年に及んだ日米交渉の最終段階で急に浮上してきた大浦湾。好漁場で、湾を望む高台には沖縄屈指のリゾート地が広がる。地元住民たちは驚きと戸惑いをもって行方を見守っている。
◇「こっちにくるとは」
赤瓦のコテージが立ち並ぶリゾート施設「カヌチャベイホテル&ヴィラズ」。ホテルのロビーからは、コバルトブルーの海や白波を立てるリーフが一望できる。湾を隔てて2キロ先には辺野古崎のキャンプ・シュワブの兵舎がくっきり見える。
運営会社のマネジャーは29日、「具体的な内容が分からない。景観が悪くなったり、ヘリが上空を飛んだりする事態が予想されれば何らかの対応が必要になるが……」と不安そうに語った。
名護市基地対策室は、米軍機は「カヌチャリゾート」や大浦湾、湾岸に点在する6地区(約700世帯、約1500人)の上空を飛ぶと見ている。
ホテル前で客待ちをしていたタクシー運転手、具志川武義さん(55)は「開放的な景観を楽しみにやってくる観光客がほとんどなのに、滑走路ができたら台無しだ」と漏らした。
付近では、沖縄電力などが出資し、中高年向けに医療や娯楽サービスなどを備えた定住型施設の建設計画も進んでいる。
「基地ができて賛成する漁民なんていない。海が埋め立てられると、漁の影響も大きい」。名護漁協汀間(ていま)支部の勢頭(せど)弘敏支部長(56)は危機感を強めた。
96年の日米特別行動委員会(SACO)合意を受けて普天間の辺野古沖合移設が決まったが、大浦湾岸の住民には「辺野古崎の向こう側の話」だった。漁港で刺し網を手入れしていた安里文雄さん(78)は「こっちに来るなんて思ってもみなかった。米軍機が飛んで(基地内の)弾薬庫にでも落ちたらここらへんは終わりだ」と心配する。
大浦湾は深いところで水深約70メートル、沖縄では家庭料理の魚汁(さかなじる)などで食べられるタマンの好漁場として知られる。しかし、近年は雨が降ると土地開発による赤土が流出し、不漁になることもある。埋め立てられれば漁場に深刻な影響が出る恐れがある。
◇「少数派切捨てか」
湾内では、たまに米軍の水陸両用車が訓練をするぐらいで、ふだんは米軍兵士を目にすることはない。ただ、「SACO補助金」とも言われる在日米軍施設の地域振興策の恩恵を受けている。
付近には、防衛施設庁の補助を受けた公民館が新築され、区民総会や婦人会の会合に使われている。普天間の辺野古沖合移設が決まった後、湾岸の計5カ所の公民館が同様の補助金で建てられた。
大浦湾に近い共同売店で約30年働く宮里竹子さん(64)は、名護市が海上基地建設の賛否で揺れた8年前の住民投票を思い出す。当時、「自然いっぱいの郷土が戦争の標的になる」という危機感から、反対派グループの一員として県内各地のデモ行進などに加わった。
だが、地域振興策を望む人たちからの冷たい視線を感じ、次第に声を上げるのをやめた。
日米が基本合意した翌日の27日、トーマス・ライク在沖縄米総領事が那覇市内の講演で、「普天間飛行場周辺には8万人が住んでいるが、辺野古は2000人前後。人口に対する影響からすると住民への影響はかなり軽減される」と語った。
宮里さんはそんな意見に疑問を持つ。「住宅密集地の普天間も私たちが暮らす田舎も人間の命の重さは変わらないのに。少数派は結局、切り捨てられるのでしょうか」
|
政治家とマスコミのドタバタ連係プレーは、コミック雑誌の劇画を見ているようですね。大浦湾に面した瀬嵩ビーチの紹介をトラックバックさせていただきました。
2005/11/7(月) 午前 10:04
素敵な写真を紹介してくれてどうもありがとう。
2005/11/9(水) 午前 2:54 [ k55**5 ]