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アラ還女将 アンティーク探して カリフォルニア暴走〜
アメリカ在住30数年 B&B経営のアラ還女将が、時に本職を忘れてアシスタントとアンティーク探しに暴走する。

 
ホテルでチェックインを済ませ、荷物を持って部屋へあがるエレベーターの中で、早速、すみれちゃんが
「今晩は何処のレストランへ行くのですか?」
「メキシカンと中華と日本レストランがあるけど」 
すみれちゃんは何を食べようかと考える。 
たら子さんは「私は何でも食べます」と即答。 
「すみれちゃんは?」
「この町は何が美味しいですか?」わりと食べ物にうるさい人だ。
「美味しいものってあるはずないじゃない! ド田舎よ!」
カリフォルニアのどの小さな町へいっても、ベイエリアやワインカントリーにあるようなファンシーなレストランはない。 ベイエリア(サンフランシスコ周辺)が特別なのだ。
 メキシコ人が多いので、メキシカンフードは美味しいかもしれない。 
「メキシカン、いい〜〜〜」たら子さんは何でもいいらしい。
すみれちゃんも「メキシカンですか!?いいですね」 
荷物を部屋へ置くだけにして、ペコペコになったお腹でメキシカンレストランへと向かった。 お昼が五穀米のおにぎりを少しだけだったので、何だってお腹へ入る。
イメージ 3 メキシコ人の多いこの町にはメキシカンレストランが多い。 私はその中でも一応、美味しいと評判のあるメキシコレストランへ行った。 店内には噴水がありプラントも多く、かなり派手な内装だ。 お客さんの殆どはメキシコ人で体格が立派というか肥満型である。ホステスが席に案内しメニューを置いて行った。メニューは写真付きだった。お腹がすいているので、どの料理を見ても美味しそうでお腹より先に目が何でも欲しがる。私達は適当にメインディシュを3種類にアペタイザーを1種選んだ。たら子さんとすみれちゃんは食べるのも立派だが、アルコールも飲める二人なので、二人はマルガリーターを注文、私は真赤な色のハマイカ(ハイビスカス)を注文した。 愛想のよいウエイターが次々料理を運んできた。 その量の多さに口を揃えて「量が多い!」と目を丸くする。 二人は運ばれてきた食事の写真を写してからメニューと照らし合わせていた。 私はじれったくなって「早く頂きましょうよ」と言いながら手はフォークで肉を突いていた。 バークレーでは何処へ行っても、アジア人が多いが、この地のメキシカンレストランは、日本人はしかりアジア人すら見当たらない。 
満腹、満足になった私達はレストランを出た。外は暗くなっていた。椰子の木の向こうに月が輝いていたイメージ 1イメージ 2

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ディプレッショングラスもエレガントグラスも数百というパターンがある。 全部を覚えているわけではないが、何度も本(Depression Glass)を開いたり閉じたりしているので、ある程度のパターンは私もすみれちゃんも頭にはいっている。
 少しだけ満足して、6時前には店を出た。
「大変だ、ホテルを探さなくちゃ」アンティークショップでの1時間や2時間はあっという間に過ぎる。
 「いつも泊っているホテルじゃないですか?」 
毎回来る時に宿泊するホテルがある。 友達の家が近いとこと、フリーウエイの乗り口が近くて便利だとうことだった。 今回は3人なので、ちょっと気分を変えて違うホテルにしようかと思っていた。 市内の99号線沿いは、やたらにホテルが目につく。 今回は、空港周辺のホテルを新規開拓しようと思っていた。 最初に目についたホテルへ空き部屋があるかどうか、二人には車で待ってもらって私だけ行った。
 愛想のよい中年女性が、「申し訳ないのですが、今日はもう満室です」
「えっ?」そんなこともあるのだと思いながら、歩いて行ける隣のホテルへ行った。
「満室です」
「隣でも断られたけど何か大きなイベントがあるのですか?」素っ気無く「ハイ」この町は、年に1,2度は来ているが、過去に2度も満室って断られたことあったかなぁ、と不思議に思った。石油の買い付け? 綿の買い付け? それでも団体で買い付けに来ることはないはずだ。 こんな田舎町で学会? 何の? 二人が待っている駐車場まで歩きながら考えたがわからない。もう一件、1ブロック先のホテルへ行った。「満室です」3件立て続けに断られると私も焦ってきた。 お腹も空いてきた。駄目だ、急がないとすみれちゃんの動きが止まってしまう。  フリーウエイ沿いには他にも幾つかのビジネスホテルがあるので心配はないが、何処でもいいというわけにはいかない。 お腹の空き具合も、探すのも限界になり、いつも宿泊するホテルへ行った。
「今晩、空き部屋ありますか?」
「はい、一部屋ですか?」アメリカのホテルは何人ですか?という聞き方はしない。
「二部屋です」助かったぁ〜やっと今夜の宿確保に安堵、即チェックイン。 最初から此処にすればいいのを…と自分に言い聞かせながら、ホットして明るい声で、車で待っている二人に携帯で連絡して荷物を持って来てもらった。 新しいホテルを回った後だったので、建物も絨毯も、くたびれているように見えた。だが、文句はいわない。贅沢ではないが、朝食もジャクジーもプールもジムもあるし、料金も安いので不満はない。私にとって大事なのは、ジャクジーがあるということだ。長時間、運転しているアラ還の私は、ジャクジーへゆっくり入り翌日の運転が楽になればいい。

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この町は大きなモールが2件ある。 アンティークショップには、個人経営とディーラーがブースを借りて出店しているモールがある。 モールの大きさは、ディーラーが何件入っているかで店を回る優先順がきまる。 時間がないのでモールだけに行く。店の広さとディーラーのブースが何店かは冊子に書かれている。 後は地図を見て時間的に効率よく回るだけだ。 
このベーカースフィルド市は、私が何十年も前に留学していた市で、私にとってはアメリカの故郷のようなところであり、毎年1度は訪れ、その度にアンティークショップを見ているので、唯一地図なしで行ける。 町を回りながらも田舎に戻ってきたという懐かしい感じがする。今でも交流している友達も住んでいる。 いつ来ても友達がこの町に住んでいて訪ねて行けるのは、町との繋がりも切れてないような気持ちになれる。 我がインのお客さんも、学会、会議の時に訪ねて来てくれるのと同じ気持ちかもしれない。
  一軒のモールは5時閉店でもう一件は6時迄だったので助かった。1件目のモールは、私が留学時代の頃Woolworthsだったビルで1949年建築されたものでかなり古い。店内には、昔からのランチカウンターがそのまま残って営業をしていた。 
50年代にタイムスリップしたような内装だ。 ここは120ものディーラーが入っているので期待をした。 今回探す目的のひとつであるディプレッショングラスもかなりあった。 価格があわないのと、既に持っているパターンが多く、掘り出し物が見つからない。 時間もなく慌ててみているので、見過ごしているかもしれないと諦めかけた。次のモールへ行こう、歩いていると、ソーサーのないグリーンの小さなカップを見つけた。初めて目にするパターンだった。 値段も安い。
値段の安いのは、ソーサーがないからだろう。 私はカップの裏表いろいろ見ていた。
「何か珍しいのがありましたか?」と後ろですみれちゃんの声がした。
「このカップを見て!」と渡し、ソーサーがないというと、「カップのソーサーがないのは駄目ですね」と言い残し、他のブースへと行った。
他に何かいう事がないのだろうか? あまりにもあっさりと言われたら、ちゃんと見て考えてよ! と言いたくなる。
 ソーサーはなかったが見たことがないパターン、小振りのカップに惹かれて、そこにあった3個とも買った。
  
2件目は40000Sqftでかなり大きい。ヴィンテージ、ミリタリー、ラジオに家具なんでもある。 タラ子さんも日帰りで何度か一緒にサンフランシスコ周辺のアンティークショップへ行っているので、自分なりの買う目的があるかもしれない。 モールの大きさだけで興奮する。  このショップも目的のディプレションも豊富にあったが、値段と好きなパターンとが合わずに買えなかったが、エレガントグラスの皿6枚セットをみつけた。 アンティーク、特にガラス製品のセットはなかなか探せないので6枚セットであることが嬉しかった。 誰も買う人がいないのか、埃まみれで売れ残りのようなセールと同じ棚に置いてあった。 こういうのを見つけた時の至福感をなんと表現したらいいのか?
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グリーンのカップ:
BOWKNOT 1920年代 ATTRIBUTED TO BELMONT TUMBLER COMPANY
この会社は、色もグリーンのみ、型も4,5種類。 最初からソーサーもなかったのです。 ホテルへ戻り本を広げてわかり、買ったのは正解だった。 

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 ベーカースフィルドへは、
5号線を58号線と交差する所まで走る方が早いが、私は二人にカリフォルニア農業大国の真髄を見せたら、どんなに感激するだろうと、その前のステイトハイウエイ46号線(Lost Hills →Wasco)を選び、田園のド真ん中を99号線へ横断した。左右前後何処を見渡しても畑しかない。トウモロコシ畑、人参?麦?畑の色が緑一色だと何を植えているのか検討がつかないが、San Joaquin Valley、大農業産地である。 99号線へ出て、約30分南下するとベーカースフィルド市内へ到着、既に3時だった。
 ベーカースフィルド市は、人口30万余でカリフォルニア州Fresno市(フレズノ)と同じく大きな農業市で、ぶどう、オレンジ、綿の産地である。 それに、ジェームスディーンの映画、ジャイアンツを彷彿させるような、巨大なオイルフィルドがある。 その地名はOildale (オイルデェール)なので、私は日本語と語呂合わせて“オイルデル”オイルが出るところだと説明する。 道路の名前は“Dale”がついているのが多いので調べてみた。 Daleは谷間、Valleyと同じ意味だが違いは分からない。多分、英語と米語かな?
コットンフィルド(綿畑)も延々と続く。 10月頃に来ると綿の収穫時で、収穫後の綿畑周辺は、刈った後の綿が舞い散って畑の周囲に残り、フリーウエイから見ると残雪のようだ。 
 私はこのコットン畑を見ると、中学か高校時代だったか、 音楽の時間に、この曲はフォスターの作曲で、黒人が綿を摘みながら唄った黒人霊歌だと言った先生の言葉を思い出す。1850年頃の作曲、“故郷の人々(スワニー河)”とか、“懐かしきケンタッキーの我が家”とか郷愁溢れる曲ばかりだ。 長年のアメリカ滞在からか、綿畑を見ただけでノスタルジアなるのか、二人に説明をしながら、フォスターの歌でも唄って聞かせようかと一人で気持ちが盛り上がったが、これでは、いよいよバスガイド状態になると思ってやめた。 
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 朝8時半バークレーを出発、やっとアンティークショップのあるベーカースフィルドに辿り着いた。アンティークショップの5時閉店までに2時間しかない。ホテルを探すのを後回しにして、早速アンティーク冊子に載っているショップへ繰り出した。

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タラ子さんは安心したような顔になり、すみれちゃんは他の場所で食べるのを諦めたのか再びエンジンがかかり嬉しそうに動き出した。 トートバッグから、おにぎりと漬物をだした。水もお茶も用意してくれていた。 おにぎりは、別々にアルミホイルで包まれて食べやすいようにしてあった。 ちょっと恥ずかしそうに
「美味しいかどうかわかりませんが、どうぞ」 
「わぁ~ 嬉しい有難う、すみれちゃん」タラ子さんは喜んで受け取り、私も有難う!と受け取ったが少し不安。 でも美味しかったら問題ない。 包みの中をゆっくり開けた。
これ何? 白くない!俵型でも三角形でもない!
描いていたおにぎりが吹っ飛んだ。ご飯を握ったということに変わりはないが、アルミホイル包まれていたのは、色は茶色で野球ボールよりちょっと大きな物体だった。 
タラ子さんを見たら、我武者羅にというか、食いつくようにバクバクと美味しそうに食べている。 この空腹におにぎりの形を問題にしている場合じゃない。
 「これって玄米ご飯?」 すみれちゃんは嬉しそうに「はい、五穀米で作りました」
「五穀米! それでこの色ね」 タラ子さんは、おにぎりだろうが、おむすびだろうが、五穀米だろうが、白米だろうが関係なさそうに両手で口に頬張り「すみれちゃん、美味しい!」モグモグさせながら言う。 私も両手で持って口にした。多分玄米を多く入れた五穀米なのだろう、口に入れる度に形が崩れて、パラパラとアルミホイルの中にご飯粒がこぼれてくる。
味もない。 白米で俵型の塩にぎりを想像していただけにショックだった。 私がおにぎり作ってきます、とすみれちゃんが言った時、おにぎり作ったことがあるの? と聞いたらよかった。 料理の“り”さえわからない人に…と少し後悔した。 タラ子さんのように大口で頬張ったら美味しいかもしれない。 タラ子さんに誉められたすみれちゃんも美味しそうに食べている。
 「この間も、五穀米で作ったおにぎりを友達の家へお土産に持って行ったら美味しいと言ってくれました。」言いながら私の顔を見た。
 タラ子さんも、友達も美味しかったというおむすびに、私はどうして美味しくないと言えようか。 すみれちゃんはチッラと私の顔を見た。
「美味しくないですか? 美味しくないですよね!これでも食べて下さい」と漬物を差し出した。  私は、多分そうなることを予想して、りんごやオレンジを切ってタッパーウエアに入れて持ってきた。それを食べてお腹の空き具合を整えた。食べることが大好きなすみれちゃんだが、料理をするというのは全くの初心者だった。 その彼女が何故五穀米? それは数週間前、我が家で五穀米を食べ、自分も作ると張り切っていた。まさかおにぎりになった形で出て来るとは予想外だった。 二人はおむすびを食べ、果物、お菓子を食べて満足し、私は不満足でハラス牧場を後にベーカースフィルド市(Bakersfield)へ出発した。

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