JR伊集院駅ホームと駅前の島津義弘公
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JR伊集院駅ホームと駅前の島津義弘公
・JR伊集院駅
JR鹿児島中央駅から鹿児島本線の各駅停車で約20分、伊集院駅に着くと、ホームと駅前に大きな島津義弘公が出迎えてくれます。
特に、ホームにいる大きな島津義弘公は、改札口の脇にどっしりと腰をおろしていますが、よく見ると、目はかぶとで隠れており、顔は張りぼてで塗料が剝げ落ちていて、迫力もなく気の毒です。
①ホームにいる大きな島津義弘公
ホームにある駅名表示板にかぶとの絵がついているのを発見。
次に、改札口を出ようとしたら、駅前ど真ん中に馬に乗った島津義弘公の像がお出迎えです。
また、駅舎を出てから振り返ると、時計の上にかぶとが付けられていました。
1 島津義弘の銅像
この像は有名な関ヶ原の戦いの敵中突破をする瞬間をイメージした銅像で、昭和63年に建立されたものです。
<銅像>
2 島津義弘について
島津義弘は若い頃、現在の日置市の伊集院近くにある一宇治城(城山)で過ごし、伊集院に深い愛着を感じていたといわれています。
・市街地から見た一宇治城跡
島津義弘の菩提寺は、現在徳重神社となっている地にあった妙円寺でした。
義弘は島津貴久の次男として1535年亀丸城(現在の日置郡吹上町)に生まれ、長男は義久、弟に歳久、家久がいました。島津義弘は勇猛な武将として知られ、晩年は加治木で85年の生涯を終えました。
また、関ケ原の戦いでの「敵中突破」は、捨て奸(すてがまり)と言われる、兵の一部がその場に残って追っ手を食い止め、全滅すると新しい兵が残って退路を確保するという壮絶な戦法であったと現代に語り継がれています。
こうした義弘とゆかりの深い日置市に伝わる伝統行事が「妙円寺参り」であり、毎年10月下旬には同市伊集院の徳重神社を中心に鎧武者行列などのイベントが開催されます。
なお、妙円寺は明治2年の廃仏毀釈により破壊され、明治13年にかつての寺地の近隣に再興されました。
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あΣ 伊集院ww
2010/10/30(土) 午前 10:05
伊集院駅前には島津義弘の銅像があるのですな・・・迫力ある銅像ですな。
関が原では家康本陣に迫り、鹿児島まで無傷で帰ったのでしたよね・・・
中学生の頃、NHKの歴史への招待で見ましたね。
2012/2/13(月) 午前 0:00