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前回の東京の出張先は渋谷でした。浅草の「麦とろ」でランチの麦とろご飯を食べた後、私は地下鉄銀座線で渋谷に移動しました。


会議までまだ少し時間があったので、以前から気になっていた所を散策しました。いえ、今回は史跡散策というより現場検証と言った方が良いでしょう。興味のない方は、読み飛ばして下さい。


気になっていたことは、あの「東電OL殺人事件」です。この事件は12年前の1997年(平成9年)3月8日に起こりました。もっとはるか昔のバブル期に起こったような気もしていたのですが、ほんの12年前のことでした。私はこの道玄坂周辺の土地勘がけっこうあったので、当時事件が人ごとだとは思えなかったのです。一度現場を歩いてみたいなと思いながらもずっと忘れていました。今回、思い出したので歩いてみることにしました。


今回の検証は、2003年(平成15年)に出版された佐野眞一氏の「東電OL殺人事件」(新潮文庫)を参考にしています。


この事件は、東京電力に勤めるOLの渡辺泰子さん(当時39歳)が、渋谷区円山町のアパート喜寿荘の101号室で殺害されたというものです。K女子高ーK大学経済学部ー東京電力というエリートの経歴を持つ彼女が、売春をしていたと言うことで当時大きな話題になりました。佐野氏の著作でもその動機がどこにあるのか考察されています。しかし、そこは深い闇で分りません。12年もたってしまってますが、彼女の歩いた跡をたどって彼女が見たものと同じものを見て、少しでも彼女の気持ちに近ずけないかなというのが今回の目的です。


彼女は、新橋で昼の勤務を終えると地下鉄銀座線で渋谷駅まで移動しました。通常ならここで井の頭線に乗り換えて、自宅の西永福駅まで帰ります。ところが、1992年(平成4年)頃から円山町で売春をはじめていたといわれる彼女の帰り道はこれとは違うものでした。


彼女は渋谷駅を降りると、まず「渋谷109」に行きました。下の地図を見てください。ここで夜の衣装に着替えると、なだらかな道玄坂を登っていきました。





写真は「渋谷109」です。ここを右に行くと文化村通りです。左に行くと道玄坂です。彼女はここを左に道玄坂を登って行ったわけです。

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現在の道玄坂です。なだらかな坂がしばらく続いてますね。

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5分ほどで道玄坂上に到着です。右手に交番があります。ここを右に行くと円山町のラブ・ホテル街に入るわけです。私は道玄坂を真っ直ぐ進んで、そこから坂を振り返ってみました。

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ここは事件当日の3月8日、サンドイッチマンのH氏が立っていて、夜の10:30から11:00の間に彼女を目撃した場所です。客引きをしている彼女の姿を見ながら向かいのコンビニ(ファミリーマート)の時計をみたので間違いないようです。時計を見るのが習慣だったようです。
そのコンビニです。奥に掛かっている時計も見えますね。

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私は交番を曲がって神泉駅に向かいました。

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しばらく行くと右側に「金井青果」がありました。

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「金井青果」の主人K氏も彼女の目撃者の一人です。事件当日、夜の10:30頃、後ろ姿を見ていつもの女の人がいるなあと思ったそうです。







「金井青果」から坂を1分ほど下るとそこが神泉駅です。トンネルから出てきた電車はトンネルの中にある神泉駅に入っていきます。その谷間に踏切がありますね。

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その神泉駅の踏切を渡って5メートルと離れていないところにある古ぼけたアパートが喜寿荘です。地下には「まん福亭」という飲み屋があります。彼女は喜寿荘101号室で何者かに絞殺されたのでした。
いまだに当時のままアパートは残っていました。私はここまでは来てはいけないような気にもなりながら、101号室の前まで行きました。そして彼女も触れたであろうドアのノブを握ろうとしました。ところが部屋の内部に明かりがついていました。現在誰か住んでるんですね。私はノブを握るのは止めました。現在居住している人のプライバシーの問題もあります。これ以上の詳細な写真掲載は止めます。

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喜寿荘の地下にある「まん福亭」です。事件当時もあったようです。半地下形式の小さな飲み屋です。チャンスがあれば飲んでみたいですね。右側が喜寿荘の一階の階段です。階段を登ったすぐ左が101号室です。

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この喜寿荘の前に彼女の最後の目撃者がいました。S氏は事件当日、父親を迎えに車で「まん福亭」に来ました。S氏の父親はタオル業を営み「まん福亭」は得意先だったようです。夜の11:10分頃、「まん福亭」の前に車を停めて父が店から出てくるのを待ったようです。父が店から出てくるまでのしばらくの間近くのコンビニに行ってたりしたS氏は、車に戻ってきた11:45分頃、喜寿荘一階入口の前で彼女と東南アジア系の男が話しているのを見ました。そして、その時刻が彼女がこの世で最後に目撃された時間となったようです。
この辺りのことは、佐野氏の著作「東電OL殺人事件」の中で詳細に検証されています。けっこう興味深いです。




喜寿荘のすぐ隣が粕谷ビルです。写真の喜寿荘の向こう側の白いビルです。粕谷ビル4階の401号室に、犯人とされたネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリが住んでいました。ゴビンダは一審は無罪となりましたが、控訴審で無期懲役になり、現在再審請求中とのことです。当時、喜寿荘101号室の鍵を持っていたこともあって限りなく疑わしいのだけれども、動機的にも時間的にも整合性がうすく冤罪ではないのかと言うのが佐野氏の主張です。私もそのような気がしています。
ネパールで家族が待つ中、もう12年も日本で収監されているわけです。

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しばらく円山町を歩いていると偶然に遭遇しました。道玄坂地蔵です。円山町の中心と言える場所にありました。

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この地蔵の前に立って彼女が客引きをしている姿が目撃されています。彼女を供養してか、唇にルージュが引かれていました。

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