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予定より帰宅が遅かったかきたん。
「きょう遅かったじゃん、どうしたの?」
「宿題の間違ったとこ直してたの」ふんふん、「残勉」ってやつだな、なつかしいなあ、、、、、。
「それってほら、終った子から帰っていいんでしょ?」
「だってかきだけだもん。」
「、、、、、、、」
「、、、、、、、」
「なんか食べる?」
「肉まん。」
どうなの、これって。もしかしてまずいの?家の子(笑)。
なんかどうにか手を打った方がいいのか?放っといていいのか?
まあいい。ほんとにヤバくなれば、先生の方からなんか言ってくるだろう、、、、。
まあいい。元気だし。
サンタクロースを信じるか、信じないか。
妖精を信じるか、信じないか。
それ以前のところで、「信じる」ということの意味が、かきたんには分からないのだということに
今日気がついて、目から鱗。
疑うということを知ってしまっている人間に(ほとんどのお友達はもう、、、、、、)信じる信じないかを問われても、それは何の疑いもなく受け入れている本人にとっての「現実」
であることだから、「信じる」ということの意味が分からないかきたん。
分からないというよりは、必要がないというか。
「信じる」ということは、「信じない」ということの存在を、必然的に認めてしまう、受け入れてしまうことでもあるわけで「信じない」があってはじめて「信じる」の意味がある訳で、、、、、、
大人は子供になれないというのは、つまりそういうことなんだ、、、、、、。
かきたんの「現実」を守るためなら、母は、どんなことでもしてやろうと(インチキサンタにもなるし、妖精の鈴も探すの手伝うふりするさ)、心に決める。
こっちはこっちで
「ママ〜!!かののタマシイが死んだ!!」って、え〜〜〜!!
「なに?」
「だから、かののタマシイが死んだの!!」
って、だってあなた、それは、、、、、、
結局、タマシイ=タニシ。一昨日買ってきたそいつのことでした。(あ、死んでませんでした、結局)
金魚の水の掃除係として我家にやってきたわけです。
まぎらわしいから、名前を付けることを提案したところ、
「キャンディーちゃん!!」うえ〜〜〜〜!!だってタニシだろ〜?
「、、、、、、」
なんでもいい、キャンディーちゃんでもタマシイでも、、、、、、。
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