「チーム日光 第8回目 ボランティア」カミヤマレポート(その2.1)
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5月13日(金)〜15日(日)までの3日間、 私は日光の災害復興支援ボランティアグループ「チーム日光」の一員として、 宮城県南三陸歌津地区にボランティアに行ってきました。 その活動記録と私個人の感想をここに書きとめようと思います。 書きはじめたのはいいのですが、できるだけ詳細に書こうと思ったら 長くなってしまいそうなので記事を各1日毎に小分けにして書くことにしました。 初回の出発前日(5/12)のことを書いた 「チーム日光 第8回目 ボランティア」カミヤマレポート(その1)はこちら。 http://blogs.yahoo.co.jp/kamiyama_tentyo/62809661.html この記事「チーム日光 第8回目 ボランティア」カミヤマレポート(その2)は 5月13日(金)ボランティア1日目の出来事です。 ところが、ヤフーブログは1記事5000文字までです。 5月13日(金)ボランティア1日目の出来事を書いた記事が5000文字を越えていて 一つの記事にアップできなかったので、(2.1)と(2.2)の二つに分けてアップすることにします。 以下、拙い文章ですがご容赦いただき、読んでいただければ幸いです。 もし、読んでいただいて不快に思われる方がいらしたり、 他者のご迷惑になるようなことがありましたが、お気軽にもうしつけください。 記事の取り下げまたは、改稿などで対応させていただきます。 5月13日(金) ほとんど寝れていないが引きずるような眠気も無く3時起床。 遅刻などして他にみんなに迷惑をかけられないから、 余裕を持って起きられたのは良かった。 身支度をして荷造りの最終チェック。 4時出発なので、3:45にはチロリン村に到着。 参加者はほとんどが集まっていた。 参加料¥1000を徴収する。 日光まで来れば¥1000で被災地まで連れて行ってくれるのは、正直安いと思う。 ひとえに幾何楽堂に設置された「むすび募金」に集まった募金のおかげなのでしょう。 ありがたい。 軽く打ち合わせをして4:10頃出発。 18名が4台の車両に分乗して行く。 1号車は、小坂さんの日光号(乗用車、2名)。 2号車は、1泊2日のKtyngさんの乗用車。 3号車は、日帰り組の5人が乗る乗用車。 4号車は、2泊3日組10人が乗るマイクロバス。 夜が明けきらぬ薄暗いうちに出発したが、いつの間にか明るくなっていた。 4台の車両は無線でやり取りしながら隊列を組んで走る。 日光ICから日光宇都宮道路に乗り、宇都宮ジャンクションから東北自動車道で一路、若柳金成ICへ。 途中、高速道路のSAやPAで2回ほど休憩する。 私は食いしん坊なので必ず朝食はいただく派です。 最初の休憩のPAで何か食べようかとも思ったけど、 5時〜6時と朝食の時間にはまだ早いし、 他のみんなを見ても誰も何も食べている様子が無いのでスルー。 2度目の休憩でも、他のみんなが食べてないし、 特に空腹感も無かったのでまたスルー。 若柳金成ICを下りて一般道を歌津に向けて行く途中の「道の駅 林林館」で最後の休憩。 なんかもう食べる気も無くなって、また何も食べず・・・ けっきょくなんとなく朝食を食べるタイミングを失ったままとなってしまう。 目的地には海沿いを行くルートと山を越えていくルートがあるらしい。 私たち一向は渋滞が予想される海沿いのルートではなく、山を越えていくルートでした。 峠を越えてチラリと海が見えた。それは衝撃の光景。 街並みがあったであろう土地には何も無い。 道路わきに見えた沢には街を壊しながら津波が駆け上ってきたであろう漂着物の残骸がある。 メディアでなんども見たことはあるが実際に目の当たりにするとなんとも言えない感情がざわつく。 10:30頃、歌津ボランティアセンター(以下、VCまたはボラセン)に到着。 私たちが行ったボラセンは「RQ市民災害救援センター」という組織が運営しているところでした。 ボランティアは他に、どのような組織があって、どのような活動や運営があるのかは、 私自身あまり存じ上げていませんが、私たちが行ったボラセンの組織と地域の説明を簡単にします。 RQ市民災害救援センター(略称「RQ」=レスキューの略)とは? http://www.rq-center.net/ 詳しくは上記の公式HPを見たいただくのが間違いないのですが、 私が得た情報を私の言葉でも説明しますと・・・ 各地にある自然学校が母体となり東日本大震災のために立ち上げた市民有志による組織。(?) RQ歌津ボラセンのブログによると、歌津地区とは・・・ http://www.rq-center.net/tag/rq_utatsu 以下引用。 ●4月28日(木) RQ歌津センター開設! [施設概要??] 仮設事務所2棟(炊事場・事務所)、トイレ4個、居住区(テント) WFPテント 南三陸町の志津川・歌津地区は1万8千の住人の内、8000人近くが当初行方不明と公表されたエリアで、街そのものが津波で飲み込まれた地域です。 震災後、初めて電気が通ったのが4月15日。水道については復旧の見通しが全く立っておらず、川の水を使用しての生活が続いています。 震災後、約50日が経った今でも全壊した建物跡しかないエリアが多く、最も復旧が遅れている地域とのこと。 南三陸町では志津川地区に社協のボラセンが設置されましたが、歌津地区までは十分なケアが行き届いておらず、ボランティアが圧倒的に不足。 地元自治体から要請を受け、RQが本格的に歌津地区を支援することになったという経緯です。 この地区は行政の支援が入るのが遅く、最も復旧が遅れている地域です。 この地区は江戸時代から400年以上続く自主防衛組織「けいやくかい(漢字は不明)」という結(ゆい)の制度があり、 その「けいやくかい」が一つにまとまりRQにボランティアの要望をします。 そのような形で活動内容が決まることもあれば、 RQの方たちのアイディアで自主的に活動することもあります。 到着後、RQ歌津ボラセンの方にごあいさつをする。 各自の荷物と、ポリタンクに入れた水を降ろす。 水道がきていないということなのである意味水は重要物資。 ポリタンクごとRQ歌津VCに寄贈したようです。 午前中の作業は無いらしいので、とりあえずテントを張ることに。 ボラセンは山の中腹の開けた場所で時おり風が強く吹き抜けます。これが後の悲劇に・・・。 テント設営が終わり、12時から昼食。 食事は全て自分で用意するものと言われていたが、こちらのボラセンでは、 朝食と夕食にごはんとみそ汁(またはスープ)を用意してくれる。 あとは自前ではおかずだけを用意すれば良いとのこと。 でも、ふりかけやのりの佃煮などご飯のお供があってそれで食べてもいいようになっていた。 ご飯を作ってくれる人数は前日夜か朝のミーティングで決められる。 とりあえず昼食は持ってきたパン(ランチパック)を食べる。 そういえば、この日やっと初めての食事となる。 「チーム日光 第8回目 ボランティア」カミヤマレポート(その2.2)に続く。 宮城県本吉郡南三陸町歌津 http://maps.google.co.jp/maps?f=q&source=s_q&hl=ja&geocode=&q=%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E7%9C%8C%E6%9C%AC%E5%90%89%E9%83%A1%E5%8D%97%E4%B8%89%E9%99%B8%E7%94%BA%E6%AD%8C%E6%B4%A5&aq=4&sll=38.71433,141.524956&sspn=0.009962,0.024247&brcurrent=3,0x5f88fa15ff4a295d:0xb06db8b22ad72601,0&ie=UTF8&hq=&hnear=%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E7%9C%8C%E6%9C%AC%E5%90%89%E9%83%A1%E5%8D%97%E4%B8%89%E9%99%B8%E7%94%BA%E6%AD%8C%E6%B4%A5&ll=38.714045,141.520514&spn=0.01979,0.032144&z=15 チーム日光のキセキ|第8回南三陸・歌津地区ボランティア報告 http://ameblo.jp/fifasannsou/entry-10895007180.html 日光霧降 幾何楽堂ブログ|南三陸町歌津 伊里前 宜しくお願い致します http://plaza.rakuten.co.jp/kikagaku/diary/201105170000/ |






