2011年9月4日に、長野県上松町の諏訪神社例大祭へ行ってきました。この祭りは、インターネットに載っている情報を頼りに知りました。こちらの「上若連(かみわかれん)」さんのサイトを参考にしていただくと、祭りのこと、上松町のこと知ることが出来ます。上若連さんから許可をいただきましたので、バンバン紹介させていただきます。
こちらが、上若連さんのトップページ。
こちらが、今回うかがった大祭の概要が書かれたページです。
夜の午前の一時半過ぎまで行われるということで、かなり大掛かりな祭りですが、僕が見に行ったのは、昼間に行われる「悪魔払い」、あるいは「拾弐当(じゅうにとう)」とも言われる、獅子が町内回りをする箇所です。現地で話を伺うと、どうやら夜からが、諏訪神社のほうまでのお練りがあり、激しくて面白いらしいんですが…。最後まで堪能できなかったのが本当に残念。それでも、獅子の町内回りについて行くだけでも、地元の人同士の交流の場面が見られたりして、すごく見所十分でした。
僕が行った「本祭り」のほかに、前日の、
さらにその前日の、
と、目白押しで祭りと芸能があります。かなり芸能の盛んな地域のようです。
何よりも、お囃子の笛太鼓、ともにリズムがかっちりしていて、すごく上手です。当日は、台風が日本列島に近づいており、大雨でしたが、「何が起きても、この祭りはやるから」という地元の人の言葉通り、上若連の皆さん、丁寧に一軒一軒家を回っていらっしゃいました。この祭りに対する思いの熱さは、伝承が困難な地域が多い中、すごく頼もしいものです。
動画の後ろに見えているのは、ビニールがかかっていますが、「神楽」と呼ばれるものです。土台は「長持ち」でそれに鋲打ち太鼓や幣、傘が付けられています。
「神楽」の上半分を写したものです。画面右側が「神楽」の前方になります。ビニールがかぶっていて分かりにくいですが、上に傘が二段になってついており、その傘の縁には、丁子袋という三角形(ちょうど生八橋のような形)の袋がたくさんぶら下がっています。これは縁起物で、女性たちが家で手作りした丁子袋を供えると、お返しに傘についている丁子袋がいくつかもらえたそうです。こういう民俗を聞くこと、お祭りが生活の一部だなということを改めてうかがい知ることができます。また、傘は写真では二段になっていますが、前日の宵祭りでは三段になっているそうで、傘の段数を一つずつ減らしていくのも、どういう意味合いがあるのか興味深いものです。傘の下には白い幣がたくさん垂れ下がり、かなりのボリューム感があります。「神楽」は100キロを超えるとのことですが、この幣の具合を見ると納得です。
「神楽」の下半分を写したものです。左側に、巴紋のついた太鼓が見えます。長持ち本体には注連縄と幕がぐるりと張られています。これを二人で運び、町内を回るのですから、大変な労力です。この「神楽」は御神輿のようにも見えますが、この地域では御神輿は別にあり、「神楽」は清めの意味合いがあるのか、神輿を先導する役割も持っているそうです。午後7時からの神楽先導による神輿のお練りがあるのですが、この時間まで滞在できず、残念ながらその様子は見ることが出来ませんでした。「神楽」については、上若連さんのこのサイトに詳しく載っています
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sumire/5500/kagura.html
「神楽」という言葉ほど、多様な内容を含むものもありませんが、上松町では、長持ちのことを「神楽」といっています。これに似た事例は、愛知県内にある「神楽屋形」があげられます。愛知の場合は、獅子頭を納める場所のついた神輿のような、あるいはそれに車輪がついて屋台や太鼓台のようになったものがたくさんあります。もとは、人が担いだらしいのですが、今ではほとんどが車輪がつき、上松町のように人力で担ぐという地域は僕自身が見た限りは見られません。そういう意味では、こちらの「神楽」は、古い型を伝承していると思われます。
このような「神楽」というのは、おそらくは伊勢太神楽などのような獅子神楽を担っていた社中が、移動時に使っていた「長持ち」が各地域に芸能の伝達とともに取り入れられたのではないかと思います。愛知の「神楽屋形」と、上松町の「神楽」が共通して、大きな鋲打ち太鼓と締め太鼓を取り付けているのが同じ系譜につながることを示しているように思います。伊勢太神楽にも、太鼓を一人が二つ叩く場合があり、その際は長持ちに太鼓を付けていますから、さらに共通点が伺えます。このあたりも調査してみると、どのように民間に太神楽の長持ちが伝わり、それぞれの地域でオリジナリティを獲得していったのか、興味がわきます。しかし、尾張には、伊勢太神楽ではなく熱田派の太神楽(江戸時代に江戸に本拠地を移し、現在は尾張には伝承されていない)があったという話もあり、これらがどういう流れで愛知県内の獅子にまつわる芸能に影響しているのかがよくわかりません。なぞが深まりますね。
「神楽」についている、鋲打ち太鼓(巴紋がついている)と、締め太鼓(画面下、ビニールがかかっている)です。この二つを一人が打ちますが、こういう打ち方は、愛知県内の獅子屋形にもいくつか見られます。上松町の面白いところは、締め太鼓が紐一本でぶら下げられた状態のため、簡単にはずせることです。「神楽」が入り込めないような細い場所には、締め太鼓だけはずして持ち運び、家まで行って「悪魔祓い」をします。すごく合理的ですね。おそらく、旅の芸能である伊勢太神楽でも同じような臨機応変さを持っているのではないかと思います。笛は、七孔の篠笛(6本調子あたり)を使います。
獅子頭と傘など。休憩中の合間に撮影させていただきました。傘を使う舞は撮影できなかったのが残念です。わりとかわいらしい顔をしています。
このような風情の残る町並みで、道もゆるく曲がっていたりします。こういう中を、「神楽」と獅子舞が練り歩くというのは、すごく絵になります。これを見るだけでも価値があるなと、個人的見解(笑)。今年はすごい雨の中でしたが、あれだけ熱心に獅子舞と神楽をされている姿、笛太鼓の技術の高さ…。おそらくかなりの修練をつまれているのでは、と想像します。
何よりも、獅子舞を囲む人々の笑顔がたまりません。とある店の前で獅子舞が舞っていると、中から一人のおじいさんが出てきました。じっと優しいまなざしで、獅子を見つめて、少し口元には笑みがこぼれていました。おそらく、獅子舞を昔から見て育った、あるいは自分自身も舞い手だったのかもしれません。こういう場面に出会えるのが、民俗芸能を見たときの醍醐味だなあ、とつくづく思います。昔から、獅子舞や祭りを絶えることなく続けてきたからこそ、なせることであり、世代を超えてこの町では獅子が受け入れられているのだなと改めて感じました。これからもこのお祭り、末永く続いてほしいものです。ほんと、いい祭りですw