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日清戦争
1884年12月、金玉均、朴泳考、洸英植ら朝鮮開明派のソウルにおけるクーデター(甲申事変)の時、清国兵四千は日本公使館警備兵百四十人を簡単に蹴散らした。これは竹添進一郎駐韓弁理公使が本国の命令に拠らずして勝手に軍を動かしたために起った衝突であります。
日本は竹添を更迭し、李鴻章と交渉して互いに出兵の際には相互に通知しあう(行文知照)事を取り決め、天津条約を締結しました。
清国は李氏朝鮮を属国としておきたかったのです。
宗主国は属国を守らなければなりません。
毎年の献上の儀式はやりたかったけれども朝鮮を守りたくはありませんでした。
朝鮮のゴタゴタに自国が巻き込まれる事を嫌ったのです。
これでは宗主国ではありません。
しかも清国は朝鮮が独立の立場で諸外国と色々な条約を結ぶ事を認めていたのです。
独立国と言いながらも属国にしておきたい、しかし防衛義務は果たしたくないという身勝手な態度でした。
対して日本の主敵は一貫してロシアでした。
日本の陸海軍は実は清国と戦争しても充分勝てるとこの時には自信を深めていたのです。
しかし、相手がロシアとなると確信が持てません。
特に朝鮮半島経由と樺太経由の二正面作戦を強いられた場合、到底勝つことは考えられませんでした。
そのためにどうしても朝鮮に独立して自分の国は自分で守ってもらいたかったのです。
となれば、朝鮮を清国の支配に任せる事は誰が考えても危うい事でした。
愛グン条約を覚えていますね。
支那がロシアに騙されて満州の北側半分と沿海州を割譲した事件です。
あれを朝鮮で再現されると忽ち日本の国防は覚束なくなるのです。
1894年4月東学党の乱が起きると韓廷は袁世凱に出兵を要請します。
光緒帝は直ちに了解し李鴻章に命令し三千の兵を全羅道に派遣します。
同時に日本に行文知照します。
日本も当然出兵しますが、支那とのバランスオブパワーを考えて4千人出しました。
ところが支那の総理衙門(外務省に当たる)は「我々は属邦保護のために出兵するのであるから日本は撤兵せよ」と言ってきます。
(あれあれ?朝鮮を独立国扱いしていたんじゃなかったのか?)
伊藤博文と陸奥宗光は朝鮮の独立を否定し、日本の統制に口を出してくる支那の驕慢な態度を咎め、さらに二千五百人増派を決定します。
即時支那に行文知照します。
(当時の一個師団は六千人で、それを大きく分割する事は部隊行動を著しく困難にするという参謀本部の勧告に従っただけでした。)
1894年6月13日、日本は閣議において支那と共同して朝鮮を独立国家として立ち行くように内政改革をしようと提案する事を決定し、その旨支那に通知しますが支那の回答は「日本は直ちに撤兵せよ」と言うだけでした。
支那宮廷は日本の戦力を過小に見積もり、東夷の粟国日本には勝てる。日本から開戦してくる事は無いと思い込んでおりました。
支那は満州で軍隊を動員し、全羅道の派遣軍を増派しようとしました。
ソウルの日本軍を挟み撃ちにして殲滅しようと企図したのです。
開戦に反対する支那の李鴻章は嫌がる総理衙門を動かしてロシアに調停を依頼します。
日本もイギリスに調停を依頼します。
朝鮮を伺うロシアの調停では不安だったからです。
しかし結局両者とも調停に失敗します。
イギリスは「清国は朝鮮からの貢物とその献上儀式に拘っている」と日本に通知してきます。
ロシアからはナシの礫でした。
甲申事変以降、支那の朝鮮に対する締め付けは厳しくなる一方で、官吏の登用にまで口を挟んでいました。
閔妃と高宗は袁世凱に多額の賄賂を支払いましたが圧力は止みませんでした。
そのために引俄拒清政策を採りロシアと結ぶことにしましたが袁世凱に嗅ぎ付けられ「ロシアに渡した印鑑は偽物だ」と言わされました。
1894年7月支那の総理衙門は小村寿太郎公使に「日本の駐兵は天津条約違反であり、日本は朝鮮の自主を認めているから内政改革を言う権利は無い」と言い出し、朝鮮は支那の属国であるという態度を鮮明にします。
しかし日朝修好条規には「朝鮮国は自主の邦にして日本と同等の権利を有する」と書かれていて、それは支那も認めていたことなのです。
支那は都合の良いときは朝鮮は独立国であると言い、都合が悪くなると属国であると言っているのです。
到底日本が飲める話ではありません。
支那が朝鮮を属国であると言い出せば、軍隊を自由に入れることが出来、天津条約の行文知照は無効になってしまいます。
支那は約束を守りません。
1894年6月以降、支那の動員は進み、平壌と牙山の兵力はソウルの日本軍の4倍以上になっていました。
支那の戦争準備を見て日本は7月19日、「今より5日を期し適当な提議を出さねば相等の考慮をおしまず、もしこのさい朝鮮に増派すれば脅迫と認める」と最後通牒します。
脅迫と認めるとは「侵略と見做して自衛のために戦うぞ」という意思表示です。
同日、有栖川宮熾仁参謀総長は支那の朝鮮への輸送船は鹵獲又は撃沈せよという命令を下します。
7月25日、豊島沖海戦が起ります。
この海戦でイギリス船高陞号撃沈事件が起ります。
イギリス商船高陞号は支那にチャーターされ、増援の支那兵千百人・大砲十四門を牙山に輸送中でした。
巡洋艦浪速艦長東郷平八郎はこの船を臨検し降伏を勧告しますが、船内で支那兵の反乱が起きたので止む無く撃沈します。
この事件は一時的に英国の世論を沸騰させます。
しかし返って支那は事前の計画に基いて、天津条約を破り、日本側の最後通牒を無視して、朝鮮の牙山に軍隊を増援中であったことが世界中に知れ渡りました。
それは世界中が侵略者は支那であると知ったという事なのです。
参考までにイギリスの世論は国際法学者ホルラントの論文がタイムズ紙に載ったことから沈静化した。
「高陛号が沈没したのは戦争が開始された後である。戦争は予め宣言せずに始めても少しも違法ではない。これは英米の法廷で幾度も審議され確定している。(故にアメリカは日本の真珠湾攻撃を批難出来ない)高陞号の船員は始め戦争が起った事を知らなかったに違いない。しかし日本水兵の臨検を受けた時にそれを知ったと見做さざるを得ない。このとき英国旗を掲げていたかどうかは重要ではない。日本の水兵が同船に乗り込み捕獲する事が不可能と認められるので、日本の艦長が如何なる暴力を用いようともそれは艦長の職権である。沈没後に救助された船員は規則通り自由になることが出来たので、この点でも国際法に背馳しない。それゆえ日本政府が英国に謝罪する義務は生じない。」
戦時国際法では交戦国の軍艦は中立国を含む如何なる国の船舶でも止めて臨検する事が出来ます。
その船が交戦相手国向けの物資を積んでいれば没収できる。
その場合に限り撃沈する事も可能である。
乗組員を抑留する事も可能である。
中立国にはあとで船価を賠償すればそれで済む。
但しこれは戦闘行為であるから反撃されたり逃亡されたりする事がある。
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なるほど。
いつも勉強となります。
傑作○です。
2008/9/7(日) 午前 2:02
宗主国である清国にとって、日本が朝鮮を開国させたことなどは許せない行為でした。
清国という大ヤクザにとって、日本というチンピラが、自分の縄張りで勝手な事をしているのは許せないのと同じです。
宗主国の面子にかけても出てくる。
「お前、俺の子分に、何、チョッカイ出しよるとか」と・・・
1894年、これで日清戦争となりました。
傑作
TB
2008/9/7(日) 午前 2:42
国際法も戦時国際法も、支那にとってはどうでもいい事なのでしょう。支那は今でも近代国家ではありません。
>戦争は予め宣言せずに始めても少しも違法ではない。これは英米の法廷で幾度も審議され確定している。(故にアメリカは日本の真珠湾攻撃を批難出来ない)
そうだったのですか!?これは知りませんでした。今まで真珠湾攻撃は戦時国際法違反ではないかと思ってましたが、違法ではなかったのですね。何だ、「リメンバー・パール・ハーバー」などと喚いても、そんなのは単なる情緒的なものに過ぎず、法的には無効だった訳ですか。
2008/9/7(日) 午前 8:57 [ ]
>支那は都合の良いときは朝鮮は独立国であると言い、
>都合が悪くなると属国であると言っているのです。
ぬけぬけと よくそういうことが昔っからできるんですねぇ
しかし、自分から仕掛けた戦争に負けるんだから
いつも 情けないですよねぇ 傑作
2008/9/7(日) 午後 8:17
近野さん
歴史の教科書なんとかなりませんかねえ。
傑作ありがとうございます
2008/9/7(日) 午後 11:18 [ 金沢実時 ]
珈琲さん
自分の縄張りを守るなら徹底して欲しかったですね。
ロシアを満州から叩き出してみろと・・・・・
傑作ありがとうございます
2008/9/7(日) 午後 11:20 [ 金沢実時 ]
ZODIACさん
支那は国際法も条約も守る気はありません。
支那人が約束を守らないという事は支那に支店をだしたり工場を作ったりしている会社の社員なら皆知っている事です。
2008/9/7(日) 午後 11:23 [ 金沢実時 ]
ナオミさん
支那は度々自分から仕掛けた戦争に負けています。
戦後もそういう時があります。
傑作ありがとうございます
2008/9/7(日) 午後 11:25 [ 金沢実時 ]
教科書も正さねばですが、教える教員も正さねばです。
2008/9/8(月) 午前 1:06
又伺いますね。
2008/9/9(火) 午前 1:02
金玉均は浅草に埋葬されていると思います。
彼は日清・日露の結果を知らずに殺されてしまいましたね。
安重根よりもずっと素晴らしい義士だったと思います。
傑作ピカッ!
2008/9/9(火) 午後 4:14
続きに期待です。
2008/9/10(水) 午前 0:21
こんな正確な歴史は初めて知りました。学校でももっとこのあたりを教えないといけませんね。でも私みたいなのは覚える量が増えるとますます成績が下がりそう。傑作ポチ!!
2008/9/10(水) 午後 9:16 [ 油食林間 ]
れおんさん
安重根は只のアフォなテロリストです。
馬韓国はテロリストを顕彰しているので、何かあればテロの連鎖が起きるでしょう。
傑作ありがとうございます
2008/9/10(水) 午後 10:59 [ 金沢実時 ]
近野さん
ちょっと最近体調が悪くて・・・・・・・・
2008/9/10(水) 午後 11:00 [ 金沢実時 ]
油食林間さん
私の高校では幕末以降の歴史は全く教えられませんでした。
その代わり応仁の乱はしつこいほど教えられました。
受験に良く出題されるからと言っても飽きるんですよね。
傑作ありがとうございます
2008/9/10(水) 午後 11:03 [ 金沢実時 ]
御身体ご自愛下さい。
夏の疲れでしょうか。
2008/9/11(木) 午前 1:41
旧日本軍が中国や朝鮮におこなった仕打ちを考えれば、日本人は何も言えないような気がする。
2008/9/11(木) 午前 7:38 [ nanking_atrocities ]
↑いつも同じコメント、少しは学習能力ないのか。
2008/9/12(金) 午前 0:23
[ nanking_atrocities ]
大きい声を出して100回読め!
民衆を虐殺する支那軍・民衆を救出する日本軍
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12624238.html
支那の「極悪暴虐・大虐殺」と「卑怯な逆宣伝」のまとめ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12704324.html
支那軍による虐殺
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/11717562.html
朝鮮の変遷・李氏朝鮮時代→日本統治時代→現在
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/21665810.html
李氏朝鮮時代→日本統治時代・日本が朝鮮半島に残した資産
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/25876198.html
2008/9/12(金) 午前 6:00
coffee様、頑張れ。
2008/9/13(土) 午前 0:29
近野さん
ありがとうございます。
2008/9/13(土) 午前 4:00
coffee様、いえいえ。
さて、御身体はどうでしょうか。
2008/9/14(日) 午後 4:42
日清・日露戦争がなかったら、
朝鮮半島に朝鮮人の民族国家は存在できなかった。
2008/9/17(水) 午前 4:05
金沢さん
豊島沖海戦でも最初に発砲したのは清国軍の「済遠」でした。ところで「高陞号」を撃沈した東郷艦長を弁護したウェストレーキ、ホーランド両博士の高い見識には感服させられます。東京裁判の時のパール判事の如き偉大な国際法学者です。
日本人の恩人というべきですね。
傑作&TB
2008/9/17(水) 午前 5:54
ホルラントの見識は正論ですね。戦争にあたり、宣戦布告は法的な義務とされておりません。仰るように、アメリカは真珠湾の奇襲を非難できません。ましてや、ルーズベルトは、日本が先に手を出すように様々な謀略を仕掛けていたのですからなおさらです。
「南京大虐殺」は、アメリカが対日戦や広島・長崎を正当化するために、「事実」ということになっていないとマズイのでしょうね。
傑作☆
2008/9/17(水) 午前 11:51