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薩摩屋敷之址(京都市中京区)

場所 京都市中京区阪東屋町

江戸時代、大丸京都店の建っている辺りに薩摩藩の京屋敷がありました。

詳しい地図で見る

四条通りに面する大丸京都店。
イメージ 1

ここは、平安時代に四条東洞院内裏があったところです。
http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/e7/31/kanezane/folder/1510034/img_1510034_59423322_3?1271943432_
その後、幾度かの変遷があり、江戸時代には薩摩藩の京屋敷(錦小路薩摩藩邸)がこの地に設けられました。
大丸京都店の東洞院通入り口。
イメージ 2

この入り口の北側に碑が建っています。
イメージ 3

説明板。
イメージ 4

【薩摩屋敷之址】
江戸時代の諸国大名は、江戸とともに京都の市中にも藩の出先機関として藩邸を構えていた。
薩摩藩邸もそうした松平(島津)薩摩守の京屋敷であった。
この場所に大名の屋敷が設けられたのは、16世紀末か17世紀初頭からと考えられる。
まず最初は山城守松平忠国の屋敷であったが、17世紀末の一時期は松平下総守の屋敷になり、その後18世紀初頭からは約160年間にわたり代々の薩摩守(島津氏)の京屋敷となっている。
薩摩藩邸の入り口は、当初錦小路通にあったが、後には東洞院通にも拡張されている。
薩摩藩邸は、18世紀の「宝永の大火」「天明の大火」で類焼したが、その都度再興されてきた。
しかし、幕末に京都市街の大半を焼いた「蛤御門の変」(1864年)による兵火で焼亡した後は、明治3年(1870)に他の諸藩の京屋敷と同様に廃邸となった。

その後、錦小路薩摩藩邸が手狭になったため、文久3年(1863)には御所の北側、相国寺の門前(現 同志社大学)に二本松薩摩藩邸が設けられた。
そして、明治3年の廃邸後は、いくつかの変遷の後、明治45年大丸京都店が開店した。
http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/e7/31/kanezane/folder/1510034/img_1510034_59423322_4?1272199610_
歴史がありますねぇ〜

(おまけ)

四条烏丸近くの大丸京都店よりは、四条河原町の交差点に面する京都タカシマヤと、
イメージ 5

四条河原町阪急の方が街の中心という感じだった。
イメージ 6

今秋に四条河原町阪急が閉店するという。
四条の街はどうなっちゃうのでしょうね。

閉じる コメント(4)

薩摩屋敷、今はこんな風になってるんですね!
歴史あるものにも、終わりは来るんですよね。。
今度は、何ができるんでしょうね〜

2010/4/26(月) 午前 0:02 おしょう

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おしょうさん
いつかは無くなるのですが、石碑を建ててくれるので助かります。

2010/4/26(月) 午後 8:58 月の輪殿

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おはよう御座います。
関連記事から来ました。
京都は史跡が多いですね。傑作

2011/12/8(木) 午前 10:16 あるく

日本書記さん
こんばんは。
コメント有難うございます。

2011/12/8(木) 午後 7:36 月の輪殿

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