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厳しい寒さが感じられるなかでも、日一日と陽射しが強くなってきていますし、明るい初春の気配が心地よく受け止めることができています。
正月三が日の混雑する賑わいはありませんが、関係する神社仏閣もそれなりの賑わいを見せているようですが、さすがにこの時期になりますと一段落の気配を感じてしまいます。
地元にある成田山では大正月も小正月も各地からの講の信者の方々がお参りに来るようで、広い参道は大賑わいの活況を呈しているようで、講元からは毎年節分祭まで信仰のお参りに出かけてくるようです。
厳かな信心をもってお参りをすることは、かえってこの時季が適しているようで、心にして神様や仏様に手を合わせる信仰するこころは、宗派に関係なくお参りしていきたいものです。
我が家での深い宗教的立ち居地も特になくて、各地のご縁がある神社仏閣にお参りができることを心得ていていますと、必然的にいろいろな所にある神社仏閣に立ち寄ってしまいます。
今日は三石山観音寺にお参りのご縁ができて、穏やかで快晴の日に家族で出かけたのですが、280メーターの山頂にある岩の祠にまで登攀できたことが嬉しくて、起伏ある境内をのんびりと一周することができました。
山門から始まる結構な登攀の時間をゆっくりと進んだのですが、ちょうど大護摩が終わった時間にあたって本堂で供養を終えた方々が大勢下りてきて、狭い参道が昇り降りの行き来をする方々で大賑わいになっていました。
本堂にも山頂の祠にも大勢の信仰者がお参りしていて、大きな岩場と岩場に挟まれた参道にはコケに被われた数々の仏像が点在している様子があって、古木の樹木が豊かに渓谷に生育している様子にすっかり溶け込んでいました。
山深い自然豊かな観音寺の歴史の深さと、信仰の霊験のあらたかさが自身に染みてくるようでしたし、信仰する信心深い信者が幅広くいることが理解できたのです。
どんな関係で信仰をしているかは分かりませんが、スポーツ界の有名なアスリート達が、のし付きのお供え物をあげてあることにご縁の不思議さを感じてしまい、人それぞれが信仰する神社仏閣を、どのような経緯と意味合いをもって決めるかが大変な興味をもってしまいました。
観光旅行的に参拝をする神社仏閣であれば、なんとなくご利益と営利的祈願が理解ができるのですが、信者講をもった敬虔な人々の真剣さが伝わってきますし、山深い山岳信仰の霊験さにすがる厳しい修行の世界を垣間見たところです。
本来ならば神社仏閣の参拝には、すべての道を歩き道として参拝をすべきで、苦労して自分の足を使って参拝をしてこそ信仰の意味合いが深まるのだと思ってしまいます。
どこでも寺院のそばには駐車場が設備されていて、利便よくお参りはできても霊験あらたかな参道の清らかさが沸き起こりませんが、霊場巡礼のように無心の汗をかいて苦労しての参拝の心地よさを味わってみたくなりました。
年齢とか環境とかによって崇拝する心情は大きく変化がされてきますが、素直な信仰心は自らの敬虔さから湧き出てくることを心得て、しっかりと自身の財産として信仰心を保っていきたいものです。
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