トラウマは歳時記でカバーする?
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昨年の今頃は、左足の親指に痛風を発症し、風邪による高熱も加わって悲惨な状況だった。痛風は2度ぶり返し、結局3月上旬まで引きずる事になる。そこへ東日本大震災が襲ってきた。 メモや日記、ブログを更新する生活を続けていると、中には、思い出したくない事も脳裏に浮かび、軽いトラウマにかかる。体調の良い状態が続いても「また痛風になるんじゃないか」と神経質になる。 幸い、今のところは「心」の体調も良く、仕事のハンドリングも良い。不必要なプレッシャーやストレスとは無縁の世界である。自分でも思うのだが、1日、1週間、1カ月のリズムが良い事が、快調の理由じゃないか、と感じる。 1カ月のリズムは季節のリズムとなり、やがて年間のリズムとなる。人間は忘れやすいから、私は10年日記帳の更新に当たり「私の歳時記」を別項目で記帳を始めた。 例えばこの季節だと、初雪、積雪、梅の便り、春一番の日付から花粉症でくしゃみをした日まで、自分の周りで起こった暮らしの出来事を記帳する。年によって日付に極端な違いはないから、心の準備が出来る。 このしち面倒くさい行為は、私の性格的にも向いている。何となくバランスが良い様に感じる。もう年輩の部類に入っているから、プライベートでもストレスの貯まることは、出来れば避けたいので自分の快適な事をし続ける。 トラウマで更なる災難を呼ぶより、自分のリズムで明るく毎日を過ごした方が圧倒的に良い。ましてや脳出血で命拾いした私にして見れば、「人生楽しまなきゃ」と前向きな姿勢はずーと変わってない。人から見ればストレスが貯まる行動をしていても、気負わすバランスがとれている不思議な男である
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