東アジアの短詩形文学
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静永健・川平敏文編『東アジアの短詩形文学 俳句・時調・漢詩』(『アジア遊学』152、
勉誠出版、2012.5)刊行される。
短詩形文学といえば、日本でもほかに和歌(短歌)や連歌、それに狂歌や川柳など
もあるが、あまり広範囲にやってはテーマがぶれる。そこでサブタイトルの三つを
中心に、静永氏が中国文学関係、川平が日本文学関係の研究者にお声かけして、
このような本を作りました。250ページ以上の厚みで、「アジア遊学」シリーズでも
充実した本になったとのことです。
目次などはこちら。
静永氏のまえがきには次のようにあります。
さて、このような「短詩形文学」を特集化しようと考えたのは、今なお「過去の出来事」
とは言えぬ三・一一の大災害がその大きなきっかけであった。テレビから一斉にCMが
消え、代わりに金子みずゞの詩が何度も流れた。文学の力、とりわけ優れた詩人による
コトバの鋭さ、そして温かさを思った。
私は蕪村の「北寿老仙をいたむ」が好きですが、そこから遡って、「ひらがなの漢詩―
仮名詩史補綴」という論文を書きました。明治の新体詩以前の、仮名詩(和詩)の歴史に
ついて考えたモノです。ひらがなで書かれた漢詩。たとえば…。これは享保期の作品。
雨の日に蝸牛を愛す 豆風曲
かたつぶり/\ 雨の日のおもしろみ 国はおもし角のうへ 家はかるし殻のうち 虎にあらで竹の園 龍に似て茨(むばら)の垣(かき) 手水鉢にあそべども なめくじりの憂名なし (『和漢文操』所収) かたつむりの可愛らしさ。こういうのは、漢詩の「蝸牛」のようにゴツゴツしたかんじではなく、 和歌のような雅な表現ではなく、やはり「かたつぶり、かたつぶり」と言わないと可愛くない。
しかも押韻もあり、漢詩の体裁は失っていない。「ひらがなの漢詩」という所以である。
さて、この企画に快く応じていただいた東聖子、金田房子、中森康之、池澤一郎、小財陽平、
兪玉姫、井上泰至、青木亮人の各氏には、この場をかりて御礼申し上げます。
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