神戸・平野(平家ゆかりの地)界隈
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2月16日
以前から気になっていた福原京にまつわる史跡を歩いてみた。
このあたりは自然観察会などの帰途によくくるのだが、じっくりと歩いたことがなかった。
参考書は
あいたい兵庫キャンペーン2011発行の地図
地下鉄大倉山駅が出発点
荒田神社 駅から1.2kmほど
この付近は清盛の弟頼盛(よりもり)の山荘があり清盛の孫に当たる安徳天皇が一夜泊まったという。
有馬街道沿いにある祇園神社 荒田神社から1kmほど
横の道を上がると全山縦走路の天王吊橋がある。
だからここは鍋蓋山の麓になる。
ここからは都を作ろうとした土地が一望に見える。
清盛はこのあたりから下を見ながら都の構想を練ったと、神社の前の看板に書いてあった。
上から見るとこんな景色
先に見えるのは大輪田の泊あたりか
源平の合戦のときはここに見えているあたりで激戦が繰り広がられたようだ。
湊川上温泉
公家の日記に、清盛邸から100mほどの所にある温泉にいったという記録があるらしい。
温泉から100mほど南に雪見の御所跡の石がある。
大規模な庭園跡が発掘された。
このあたりに清盛邸があったらしい。
安徳天皇が一時滞在したとか。
西へ1.2kmほど行った山手にある氷室神社
山の麓に氷のできる洞窟があり、そこに貯蔵した氷を仁徳天皇に献上したと社伝にある。
源平の戦の時には清盛の甥の教盛が陣所にしたとか。
神社の奥にある氷室
これは後世作られたものだ
熊野神社 氷室神社から南へ600mほど下った所にある
清盛が王城守護のため紀州熊野権現を勧請したと伝えられる。
願成寺 熊野神社から400m南
氷室神社あたりで陣を張っていた清盛の甥の平通盛は、戦いに望んで妻の小宰相と別れを惜しんだと伝えられ、それを悼んだ後世の人が比翼塚を立てて供養した。
その比翼塚がこの寺にあるらしいがどれとはわからなかった。
これは明らかに今度の放送目当てだな。
厳島神社 願成寺から南500m
地下鉄大倉山駅から北へ上がり、西へ行って南に下がるという丁度一周するようなコースで終わりは神戸高速鉄道の新開地駅。
大倉山駅11時出発、途中ゆっくりと昼食を食べて(たまたま入った割烹がおいしかった)新開地駅15時。
源平の遺構といってもと言っても玉石混交で、無理やりくっつけたと言う所も無きにしも非ずかなと思えるところもあった。
このあたり一帯を平野というが、まさに平家のフィールドと言う意味らしい。
福原京は天皇も滞在するなど都の体裁をを整えようとしたが、公家などの反対や抵抗勢力の源氏の台頭もあってわずか半年で夢破れ、清盛も京都へ帰って亡くなった。
天気予報がイマイチと読んで出かけたがあんまり寒くならず、いい街中散歩にはなった。
歩いていると地図を持った人もちらほら見かけたから、やっぱり放送の威力は大したものだ。
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