無題
【小澤一郎 を「日本方程式」で解くと】【小澤一郎 を「日本方程式」で解くと】
小澤一郎が民主党代表選に立候補すると発表した、途端に、世間は騒然となった。 ウエブ のYahoo ニュース意識調査によると、小澤氏に「期待しない」と答えた人が72 % で、「期待する」と答えたのは僅かに19 % だった。これだけで見る限り、小澤氏の勝目は全くない。果たして、そうなのか。 意識調査の対象はマスコミに盲従している一般庶民であり、客観的な評価よりも感情論の方が多いように見受ける。例えば、「期待する」と答えた人は僅か 19% で数こそは少ないが、答えの行数は平均すると「期待しない」という答えの倍以上多い。つまり、「期待しない」の答えは大抵二行程度で済ましているのに対し、「期待する」という答えは四行程度になっている。これは、とりも直さず、短絡的に「駄目だ」という感情論と、「、、、だから期待する」という客観評価とい
う違いに繋がるものだということが云える。 一方、一般庶民と違い、所謂「識者」の意見を見てみると、小澤氏に遣らせてみたいという人が結構多い。
私は一介の政治門外漢だが、四十年の政治歴を有する小澤氏が所属党の党首、引いては、首相になる機会が過去にあったにも拘らず、彼は飛びつく事なく今日まで「縁の下の力持ち」に徹して来た。その何れにしても、小澤氏に「政治手腕」というものが十分に具わっているということを物語っているのではないかと思う。
今の日本は、兎に角行き詰まりの状態にある。その為に、國の首相を殆んど一年ごとに換えて、局面の打開を計ってきたが、周知の通り、良い結果に繋がっていない。そして、使える「駒」、つまり、首相適任者も払底して来たという感がするのは、私一人だけではあるまい。
一人前のサシミ職人を育て上げるのに最低十年は掛かるという なら、遣り手の政治家を育て上げるのは、もっと時間と手間の掛かる事であるのは云うまでもない。
所が、ここに四十年もの長期にわたり修業して来た、やり手政治人物が居るなら、この際、行き詰まり難関の打開に一役買って貰うのは、至極当たり前な事だと思うが、庶民一般の考えはそれと随分掛け離れている。何故だろうか?
ここに、「日本方程式」というものの出番が必要になって来る。
嘗て、戦国時代の三雄、信長、秀吉、家康、の内、庶民に好かれていたのは、信長や秀吉で、家康は、どちらかというと、タヌキ爺として嫌われていた。所が、時が経つにつれ、歴史の実態が益々明るみに晒されるようになり、信長や秀吉よりも、家康のの方が益々評価されるようになって来た。
太平洋戦争は、軍部に利用されたマスコミの煽動に乗って、庶民が「一億総発熱」した為に起きた戦争であり、勝てる、或いは正義の為に起こした戦争ではなかった。だから、敗戦と同時に発熱は「一億総懺悔」に代わった。
日本の庶民は世界でも若干独得な性格を有し、集団指向が強く、主体性に欠ける。だから、誰かが旗を振って信長はエライぞと言うと、皆挙って、「信長はエライ」と言う。マスコミが「米英は鬼畜だ征伐せよ」と言うと、庶民は挙って、「そうだ鬼畜米栄撃滅」と叫び、太平洋に飛び込んで藻屑となって消える。
何処に向かうかも分からずに、集団の後にひたすら付いて行く、これを「日本方程式」と称する識者がいる。成程、言い得て妙だと思う。
日本の首相を語る時、絶対に外す事の出来ない人物が居る。云う迄もなく、吉田 茂である。戦後の歴代首相で、吉田ほどマスコミやそれに追従する庶民にボロクソ罵倒された首相は居なかった。しかし、歿後、彼は「日本再建の恩人」という歴史の論定を下された。
つまり、庶民が「悪玉」だと思う者ほど、実際は、「善玉」である場合が多い、
これが「日本方程式」であるなら、この方程式を応用して小澤一郎を採点してみる手もある。 現今の日本政治人物の中で、小澤は紛れもなく「出る杭」である。だから、「打
たれる」。「悪いから」打たれるのではなく、「抜群」だから打たれている。 「抜群」は悪い\ことではないのに打たれる。國際的に、日本は常に「抜群」になろうとする、所が、自国内では「抜群」を「悪」と看做す傾向が強い。このよう な「矛盾」は、極めて日本独得な社会性格であり、恐らく、「妬み」という心情 がその裏に控えているのではないかと推察する。 このような、日本独得の社会性格を表す「日本方程式」に、小澤の今置れた状態を当て嵌め、果して、この人は日本の為に「役立つ」政治人物であるかどうかを判断するなら、「充分に期待が出来る」という答えになってしまう。
私は、政治門外漢ながらも、一旦このように判断して、その成り行きを見守り、
後日の結果を待ってみるのも一興ではなかろうかと思って、この一文を書き残した次第。 |
