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アメリカの大統領とチベットのダライ・ラマ法王との会見は、色々と興味深い反応が挙がるものだ。
チベット問題は、中国の覇権主義の一つの象徴であり中国政府のジェノサイトや抑圧的・強権的なチベット人への行為は現代の世界では、『人権』問題として取り上げられる問題である。
この問題を論ずるに多様な立場で、重要視する要素が変わってくる事がおさえておいた方が良い事実だと思う。
まず、中国との現実的な付き合いをせざる得ないアメリカであるのだが、その手法は『中国の統治下にあるチベットの権利拡大を非暴力的な手段で追求するダライ・ラマの姿勢を支援する姿勢を示し』とあるように、相対化させている要素は非民主的・非主権的だというアメリカのお得意のロジック要素である。
これは、アメリカが世界に対して行う覇権確立の為の『常套手段』であるという事実がある。
民主化や強権的な圧制の排除に『ある国家(多くの場合、アメリカが欲しい国家や敵対する国家)』の一勢力や非民主化状態の国民を、【民主化・圧制ではなく自由】を標榜させる事で応援し、実の所はそれを大義名分化した『正義の為の軍事介入』という手段をもって親米政権や国家を誕生させるというベトナム・キューバ・ハワイ・フィリピンなどアメリカ建国から続く、軍事的な一環したスタイルである。
つまり、アメリカが標榜したいメッセージは『人権の擁護』や『チベット人の主権回復』が第一義ではなく、アメリカという国家の建国当初から続くアイデンティティー化された独自のアメリカ世界戦略ドクトリンであると私は見ている。
誤解されないように言うのだが、だからといって中国のチベットに対して行った文化的・人権的な抑圧を免罪させる気はないし、中国に正当性を付与させる気もない。
アメリカが訴求するのは、チベット・ウイグル・台湾などを使ったというか、戦略的に利用する事による中国という覇権国家への揺さぶりと橋頭堡の確保といった純然的なる政治的な戦略であり、人権擁護や主権の侵害などといった美名の確保だなどと幻想するだけでない『もうひとつの視点』になるだろう。
と同時に日本の『サヨク』勢力が、中国のこの重大な人権問題にあまりに沈黙している状況を非難する動きもある、これをもって中国という純然たる『共産主義国家=サヨク』への非難を控える為だとの言説も聞こえてくる状況でもある。
これはサヨクが強権的な暴力独占主義たる中国政府・アメリカ政府などへの攻撃は出来得ても、国家としてはアメリカ・中国双方に懐疑的であり、そして東西冷戦後のアイデンティティークライシスが重大に影響していると思ったりしてます。
つまりは、国際政治的には『サヨク』はある意味で、終焉あるいは小休止していると感じます。
サヨクにしてみれば、自己の無力さとアメリカという自由を標榜しながらも圧倒的な矛盾をはらむ国家に寄り添う嫌悪感を脱しきれないという事なのかな?とも感じる。
なので、中国というサヨク政権を擁護しているというのとは違った視点も見えるかもしれない。
中国はウイグル・チベット・内モンゴルなど多数の民族を含む他民族国家でもある。
しかし民主化はされていない、アメリカも又、ハワイ・旧インディアン・そして奴隷として連れて来られたアフリカ民族などの他民族国家である。そして民主化されている。
しかし両大国は共にその建国時より他民族の島嶼や土地をその領域にした国家でもある。
その一方が民主的で正義を標榜し、一方はそれにより不正義と抑圧者として指摘される。
これは評価を構成するのに多様な要素を必要とし、どちらか一方を正義とするには抵抗のある問題でもあると見ている。
その第一義が『人権』と『自由』と『権利』だとするのならば、その双方の国家とその戦略・手法は余りに第二義的だったりもし、しかし見える現実は正義を振りかざすのに痛痒としない強靭な心をもった両大国、それに挟まれたわが日本の心労はこらからも続くんだろうね。
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