別子銅山研修視察
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気が付けば2月!今日は、誕生日です(●^o^●)
少し前の事になりますが、1月21日〜22日に愛媛県へ青年経済協議会で
別子へ吉備国際大学の小西先生にも同行して頂き、吹屋の吉岡銅山の次に
住友が手がけた別子銅山跡地『マイントピア別子』へ研修視察へ行って来ました。
http://www.besshi.com/ ←マイントピア別子 公式サイト
いつものように、市役所前集合でバスに乗り9時頃から四国を目指し瀬戸大橋を渡り
研修の目的地、マイントピア別子端出場ゾーンへ!本来は東平(とうなる)ゾーンへ行きたかったんですが
冬季は閉鎖されているそうなので・・・。
丁度正午頃、現地到着!まずは腹ごしらえという事で本館で昼食を
釜めしです!
食事を済ませ、観光坑道へ向かう鉱山鉄道の時間待ちをしているとボランティアのガイドさんが
色々と説明してくれました。小西先生もおられましたが、ガイドさんも同行し説明してくれるとのこと。
これの乗って坑道へ、トンネルや鉄橋は当時のままらしいです
いよいよ観光坑道に 右がボランティアガイドさん!
坑道の中は、江戸ゾーン・近代ゾーン・体験ゾーンにわかれていて当時の様子が体験出来る物も
子供たちも楽しめる施設です。
年中温度は一定しているのでしょう、意外と暖かい(●^o^●)
ガイドのおじさんは相当詳しいみたいで、小西先生も色々と質問されていました。
第四通洞 別子銅山の大動脈 全長4600m 夏は冷気が噴き出すらしいです
あいにく天気が悪く、外では傘が必要でした・・・
1時間少々、坑道跡を見学しガイドのおじさんに別れを告げ
次に向かったのは、別子銅山記念館へここは、住友グループの協力で建設されたようです
ここは別子銅山の山神社である、大山積神社の横にあり屋外には鉱山専用鉄道用機関車
等も展示してあります。
別子1号蒸気機関車ドイツのクラウス社より購入されたそうで、住友のマーク入りです!
資料館の中は撮影禁止だったので画像はありませんが、歴史をたどる開抗以来の歴史資料や
その間の主な出来事及び生活風俗、技術等に関する資料が展示されていました。
特に、当時の写真は当時の様子がよくわかり銅山で賑わっていた別子が残っています。
最後に、日本の近代産業を育成したと言われる広瀬宰平(ひろせさいへい)にまつわる
広瀬歴史記念館と旧広瀬邸を見学
記念館はここも撮影禁止でした、広瀬宰平の足跡を通し新居浜の生い立ちと日本の
近代産業の歩みをたどることのできる施設です。
旧広瀬邸は、明治10年に竣工され18年に現在の位置に移転されたそうで
明治中期の大規模和風住宅の姿を今日に伝える物で、数寄屋風の意匠を凝らした上質な造りで
迎賓館の役割を兼ね備えた建物です。 夕方まで、しっかりと視察し小西先生とはJR新居浜駅でお別れし
バスは宿泊地の松山市へ
昨年の9月『吹屋吉岡銅山』の勉強会から始まり、住友の基となる泉屋が次に手掛けた
別子銅山まで研修に来ましたが、小西先生のかげでとても内容の濃い研修視察が出来ました。
これからの高梁のまち創りに活かせるかどうかはわかりませんが、知識は確実に
深まったと思います。
夜は、それなりに盛り上がりいつものように深夜のラーメン屋で〆のラーメンを!
かなりコッテリの豚骨ラーメン!美味し!!!でした。
翌日もまだまだ続きますヽ(^o^)丿 |

