回顧録
貸本時代小学生だった頃、市営住宅に住んでた。
親父が公務員だという理由で家に風呂が無く造ることも出来なかったという。
民間への配慮からだったと後年に聞いた。
隣にお婆さんが一人で住んでいたが風呂はあった。
時々風呂を借りていて婆ちゃんは貸本を良く読んでいた。
この頃、貸本専門店が本屋とは別に数軒あり頼むと一週間に一度バイクの
後ろのカゴに入れて配達してくれてた。
婆ちゃんは自分が読んだ後私に貸してくれたいわゆる"また貸し"である。
そもそも、漫画が広まったのは関西の赤本と呼ばれた江戸期に出回った
赤表紙の安価本に倣った本だと言われたのだが表紙に赤い色をつかったから
が定説だと思われる。
手塚先生が赤本漫画に作品を発表していた事はご周知のとおりです。
そうした経路で赤本漫画、単行本と呼ばれる漫画本が全国に広まって
いきました。
当時、漫画の本は高価で貸本は一週間借りても20、30円だったと記憶してます。
貸本を始めて読んだ時の驚きといったら、ケバケバしい4色刷りにも驚き
ましたが内容が凄かった。残酷で目をそむけたくなる描写に声も出ず
面白いとか楽しいとかの問題ではなかった。
しかし、そんな貸本漫画から雑誌に転向していった漫画家さんたちを
数十年後に知ることになるのです。
残酷で暴力的、鮮血シーン等は故意に省きました。
漫画は子供向けか大人向けに二分されますがその中間に青春向けも
ありました。
少女漫画もありました。
子供漫画もたくさん貸本屋さんには並んでました。
「ゲゲゲの女房」を観てた人は貸本屋さんの事は良く知ってますよね。
貸本漫画は漫画文化を躍進させた原点かもしれません。
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