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アイエエエエ! ジンジャ!? ジンジャナンデ!?
旧・クモノカケラのブログです。道南から神社・お寺の御朱印情報などを二次元も絡めて発信します。

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夕張神社 (ゆうばりじんじゃ)




夕張市総鎮守、旧郷社、艦内奉斎神社(軽巡洋艦「夕張」、護衛艦「ゆうばり」)

神紋:十六菊に花菱

祭神:[主祭神]大山祇神,大国主神,鹿屋野比売神,
  :[配祀]菅原道真

例祭日:5月11-13日

最寄の交通機関:JR夕張駅よりバスで10分、夕張神社前下車






夕張神社は夕張市市街の北東にある石炭の歴史村のすぐ近くに鎮座しています。

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明治22年(1889)11月18日、北海道炭鉱鉄道株式会社の設立と共に、夕張炭山並び鉄道敷設の安泰祈願の神社として、登川村夕張炭山字社光に社殿が造営されたのが始まりで、会社重役の井上角五郎により伊予国一宮・大山祇神社と出雲大社の御分霊が祀られた。

これが創立の由来で、同会社社長・高島嘉衛門の意志により、社光より現在地に移転し「登川神社」と称号。

明治34年3月に無格社、大正10年(1922)5月に社殿・社務所などを焼失し、大正12年の再建を機に「夕張神社」と改称。

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拝殿の夕張神社の扁額は東郷平八郎元帥の揮毫によるものだが、北炭の優良石炭に感謝の念を抱いていたという東郷元帥が、焼失した社殿を再建する際、北炭の関係者の依頼により揮毫し、夕張神社に寄贈したもの。

なお、大正12年(1923)7月に竣工した聯合艦隊の軽巡洋艦「夕張」の守護神として夕張神社の御分霊が艦内神社に祀られた。

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昭和4年8月に村社、昭和9年11月に郷社に昇格。

昭和38年に大山祇神社、昭和42年に出雲大社から御神宝が与えられ、昭和46年に太宰府天満宮より菅原道真公の御神霊の奉斎が許可され、同年10月2日に御奉遷の儀が斎行された。

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「神輿殿」


社務所は社殿の左側。授与所もあったので御朱印もいただけるだろうと伺いました。

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・軽巡洋艦「夕張」

「夕張」は旧日本海軍の軽巡洋艦。

海軍時代に北海道内の川から唯一命名されたのが「夕張」で、それも1隻しかない先進的な実験艦の要素もある軽巡洋艦に採用された。

由来となった夕張川は、夕張市と南富良野町の境界にある鉢盛山を源として南下、途中夕張シューパロダムを通り夕張市紅葉山から西に、途中滝ノ上にある竜仙峡など渓谷部を通り平野部に出ると北西へ流れを変え、江別市東部で石狩川に合流する。

ちなみに石狩川との合流点のすぐ下流には護衛艦「ちとせ」の由来となった千歳川も石狩川へと合流する。

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「夕張川(夕張市清水沢付近より)」

「夕張」は、当初、八八艦隊計画で5500トン級巡洋艦の一隻として予定されていたものがワシントン軍縮会議の結果、小型試作艦として平賀譲大佐(のち中将)により設計された。

建造費節約の結果、駆逐艦並の船体に軽巡洋艦の兵装という当時では画期的な巡洋艦で、反り返った船首、傾斜したマスト、二本を結合した煙突などは、後の重巡「古鷹型」「妙高型」のプロトタイプとなった。

太平洋戦争末期の昭和19年4月にパラオ諸島南西海域において米潜水艦「プリューギル」の雷撃により沈没。

ゆかりの物としては昭和7年の第一次上海事変の際に第一水雷戦隊旗艦として従軍し、北海道へ凱旋の折、夕張神社へ上海・呉淞砲台で鹵獲した砲弾2個が記念として境内に置かれていたという。

ちなみに昭和7年2月20日に呉淞砲台から放たれた砲弾1発が夕張に着弾している。境内に置かれていた砲弾は2個との事で、そのうちの1発がこの時の砲弾かどうかは不明。

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軽巡「夕張」(大正12年7月31日 佐世保軍港にて)

起工:大正11年(1922)6月5日 佐世保工廠
竣工:大正12年(1923)7月31日
排水量:2,890トン
全長:139.99m
全幅:12.04m
速力:35.5ノット
兵装:50口径14cm連装砲2基4門、50口径14cm単装砲2基2門、61cm連装魚雷発射管2基4門
戦没:昭和19年(1944)4月26日
船舶符号:GQAT(大正11年2月2日・逓信省告示第173号)



・護衛艦「ゆうばり」(DE-227)

艦名は戦没から約40年後の昭和58年(1983)に2代目となる海上自衛隊の護衛艦「ゆうばり」にも引き継がれました。

「ゆうばり」はゆうばり型の1番艦で、2番艦は「ゆうべつ」。前級のいしかり型が手狭だったことから準同型艦として建造された小型の護衛艦です。現在は2隻とも除籍。

ちなみに「ゆうばり」の艦内神社(神棚)にも夕張神社の御神札がお祀りされているそうで、平成19年(2007)に夕張市が財政破綻した際には、「ゆうばり」の乗組員から集まった30万円が寄付されたそうです。

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護衛艦「ゆうばり(DE-227)」

起工:昭和56年(1981)2月9日 住友重機浦賀工場
竣工:昭和58年(1983)3月18日
排水量:1,470トン
全長:91.0m
全幅:10.8m
速力:25ノット
兵装:76mm62口径単装速射砲 1基、ハープーンSSM 4連装発射筒 2基、71式ボフォース・ロケット砲 1基、68式3連装短魚雷発射管 2基
除籍:平成22年(2010)6月25日





ちなみに最近の軍艦を擬人化した『艦隊これくしょん』というゲームではこんなのも…

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コンパクトボディに重武装…(・д・)ジーッ

小さいのに出るとこ出てる…というわけではないのか…。

この記事に

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    その胸は兵站であった。

    [ 尖閣諸島50%オフ ]

    2014/12/30(火) 午前 11:23

    返信する
  • 顔アイコン

    > 尖閣諸島50%オフさん

    兵站w 間違ってないかもですね。コメありがとうございます。

    高倉伽月

    2014/12/31(水) 午前 2:30

    返信する

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