南口下宮須山浅間神社
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須山浅間神社 (すやませんげんじんじゃ) 旧郷社 神紋:桜 祭神:[主祭神]木花開耶姫命 :[配祀]天津彦火瓊瓊杵命、天津彦火火出見命、大山津見命、天熊大人命 例祭日:4月17日、11月23日 最寄の交通機関: 須山浅間神社は、富士山南麓の裾野市須山に鎮座している浅間神社。 富士山の登山口の一つである須山口の始点でもある。 須山浅間神社は往古、富士山東口の社であったが、後に登山道の増設に伴い南口登山道の富士浅間神社の下宮として祭られた。 東海道本線開通までは登山参拝者が多く、社伝によれば「第十二代景行天皇の御代、日本武尊東夷征伐の際、奇瑞により創祀せり」とある。後に欽明天皇の御代(552)に蘇我稲目が本社を再興し、天元4年(961)9月には駿河国司・平兼盛は修理奉幣している。 何れにしても古くから山岳信仰として「富士山」をご神体として仰ぎ奉っており、当時の度重なる噴火とも関連し山麓に浅間大神を祭り、岳神の霊を慰め奉ったのが始まりと思われる。 武門の崇敬も篤く、文治2年の源頼朝を始め武田信虎、勝頼、今川家代々の戦勝祈願から、徳川時代になると小田原城主より毎年奉幣がされていた。 明治8年に郷社に列格、明治40年には神饌幣帛料供進社に指定された。 「御神木。何本もの杉の大木などで社叢が形成されている。」 境内には、五百有余年の老杉が鬱蒼としており、神社庁の御神木に指定され、裾野市の文化財指定にもなっている。 参拝時は拝殿の新築中で、境内には地元の人や大工の人たちなど10人ほどがいた。拝殿は工事中のため仮宮として右手にある境内社の古宮神社に参拝するようになっていた。 「古宮神社」 ↑完成予定図。わりと大きめの神社っぽいです。 一の鳥居の横には道興准后の歌碑が建っています。 道興は室町時代の京都・聖護院の門跡(住職)。歌人でもあり、聖護院末寺の掌握を目的に文明18年(1484)東国廻国した際の紀行文「廻国雑記」が残されているが、その中で須山口を訪れた際に次の歌を詠んでいる。 よそにみし ふしのしら雪 けふ分ぬ 心のみちを 神にまかせて 「道興准后歌碑」 |
