美術館見聞録

大和路発です。関西のお寺や美術館をぶらぶら見て廻るのが好きです。

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2012年2月9日

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鑑真和上像

鑑真和上像は大好きな像ですが、弟子の指跡が残っていたんだそうですね。
祈りが伝わってきます。開山忌には改めて拝まなくては・・・。
 
 
朝日新聞から

鑑真和上像から指跡多数 弟子が漆を薄く塗る?

写真:国宝・鑑真和上坐像のお身代わり像となる粘土の原型(手前)と唐招提寺の石田智圓長老=7日午後、京都市下京区、高橋一徳撮影拡大国宝・鑑真和上坐像のお身代わり像となる粘土の原型(手前)と唐招提寺の石田智圓長老=7日午後、京都市下京区、高橋一徳撮影
 日本最古の肖像彫刻とされる奈良・唐招提寺の国宝・鑑真和上坐像(ざぞう=8世紀、脱活乾漆〈だっかつかんしつ〉造)が、粘土の上に麻布を貼って作った精密な型に、指で漆を薄く塗って仕上げられていたことがわかった。同寺と財団法人美術院(京都市)が7日発表した。例のない技法で、鑑真の死期を悟った弟子たちが存命中の姿を写し取ったとの伝承に信憑(しんぴょう)性を与える可能性がある。
 坐像の模造作品制作を依頼された木下成道・美術院研究部長らが、3次元画像を撮影するなどして調査。粘土の原型に麻布を貼り重ねて目鼻立ちなどを細部まで整えたうえで、木屎漆(こくそうるし=木の粉と漆を混ぜたペースト)を指でごく薄く塗って伸ばしたらしく、指跡とみられる多数のくぼみがあった。
 脱活乾漆造は、阿修羅像(国宝、興福寺)など7世紀末〜8世紀の仏像に用いられた造形法。粘土の原型に布を貼る段階で細部まで作り込む手法も、指による漆の塗布も類例がないという。]
 
読売新聞から
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鑑真像 指で仕上げた跡…「弟子ら手作り」伝承と一致

 唐招提寺(奈良市)の国宝・ 鑑真和上 ( がんじんわじょう ) 坐像 ( ざぞう ) (高さ約80センチ)に、表面を指で整えた跡があることがわかったと、調査した美術院国宝修理所(京都市)が7日発表した。仏師ではない〈素人〉が手作りしたことをうかがわせ、鑑真の弟子の僧らが像を作ったという伝承とも一致するという。
 唐の高僧・鑑真和上(688〜763年)は、日本に戒律を伝え、同寺を開いた。像は土の原型に麻布を漆で貼り合わせて形作る 脱活乾漆造 ( だっかつかんしつづくり ) 。奈良時代の伝記「 唐大和上東征伝 ( とうだいわじょうとうせいでん ) 」には、鑑真が亡くなる直前の763年、同寺講堂の 梁 ( はり ) が折れる夢を見て師の死期を悟った弟子の僧・ 忍基 ( にんき ) らが集まって、この像を作ったとする記述がある。
 2013年が鑑真の1250年 御諱 ( ぎょき ) ( 御遠忌 ( ごおんき ) )にあたることから、同寺は像の複製「お身代わり像」の制作を同修理所に依頼。木下成通・研究部長が国宝の像を調べたところ、原型を細部まで精巧に作り込んで薄く塗り、全身の表面に指で仕上げたような凹凸があった。当時の仏師らは、表面をへらで滑らかに整えていたことから、素人の作とみられるという。
 さらに像は写実的で本人を前にして作ったと思われ、木下部長は「弟子の僧らが漆を塗って指で仕上げたのだろうか。和上の姿を写し取ろうという執念が感じられる」と話している。

お身代わり像公開

制作中のお身代わり像を見る唐招提寺の石田智圓長老
 この日公開されたお身代わり像は、土で原型を作った段階。さらに土を盛って麻布を貼り付けた後、漆を手で塗り込んで、国宝と同じ大きさに仕上げていく。制作費は3000万円。来年6月に開眼法要を営み、唐招提寺の境内で一般公開する。
2012年2月8日  読売新聞)
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