順序が大事。
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まあこの前のブログで先週末、先々週末とうまい方々とテニスをさせていただいた、と書きました。
こういう方々とやるとさ、本当に自分がまだまだだってことがよくわかるよね。
でもさ、それと同時に、自分が良くなった、ってところもよくわかる。
まあ昔からオレが言ってるのは、スポーツでもなんでもとにかくまず己を知ること、ってのが大事、って書いてきた。
自分が今どんなチカラがあって、同時にどこが弱点で、どんな立場にいるのか、そういうことを鳥瞰的、客観的に見られる目を養うこと、それは自分だけでなく、深呼吸してまわりを見渡し、冷静にものを考える習慣がなくちゃできないことだ。
これはまあたとえば人生経験の蓄積によって気がつくことがたくさんあるわけで、
若いころはオレ様だった人でも社会的経験をつめば年齢なりに人と自分との
違いのディテールが見えてくるわな。
ま、そういう堅苦しいことはおいといてとにかく自分を客観視するためには、特に
スポーツにおいてはやはり目からの情報ってもんがとても役にたつ、とオレは
思っています。
ナダルやフェデラー、ニシコリを見てああいうテニスをしたい、と思う。
そして自分も練習を重ね、技術の習得に努める。でも、スポーツは奥が深い。
自分でどんなに格好いいと思っても、人から見たら全然違ったりする。
更に、間違った方法で練習に励めば技術の習得どころか怪我に直結する。
ま、そういう意味でスクールの存在ってのは本当に大きいよね。
自分たちが知らないことを教えてくれる場所なわけだから、少なくとも
間違った方向には行きづらくなる。つまりロスが少なくなる。
とはいえ、それだけで上達できるほどスポーツは甘くはないよな。
練習しなくては技術は上達しないし、そのためには体力も必要。
そして、なによりも自分自身の中で、こうなりたい、という具体的なイメージが
必要。
そういう意味で僕は常に外での練習ではビデオを回すようにしている。
だって、自分自身のテニスは自分じゃ絶対に見れないわけで、
そうなるとオレってもしかして天才?とか勘違いしててもわかんなかったりするわけ(笑)、でも画像が残っていれば腹が出てるとか、動きがのろいとか、
まあ残念だけれどの自分のリアルを感じ取ることができる。
つまり、己を知ることができる。
で、だ。
でもさ、そっからが問題だよな。どんなに己を知ろうとも、そこをベースに
上を目指そう、と思わなきゃ元の木阿弥、まあ上達はするだろうけども
劇的な上達は見込めないよね、とオレは思う。
己を知るということはイコール自分の長所短所を客観的に語れること、
ということはもう何度も何度もこのブログで書いてるとおりオレが
一番大事だと思っていることのひとつですな。
今の、そして未来への自分がいかに動くべきか、他人とどう接していくか、
ということを考える原点となるゼロポイント、ともいえる。
資格や知識もないのに現場監督をしたい、と言えば当然失敗する確率は
高くなるし、初心者がいきなりフェデラーのバックハンドと同じショットを打ちたい、
とか全部のショットが満足に打てないのに試合で勝てる戦術を教えてくれ、
と言われたらコーチも困ってしまうだろう。
その旺盛なチャレンジ精神は時に前向きでいいね!っていう評価も
されるけど、まあ普通に考えればまずその前にやることあるでしょ、
足元をしっかり見ないとすべてにおいて上達は見込めない、とオレは
思うのよ。まあ、つまり物事には順序があるってことだな。
仕事の合間なんであんまり長くはかけないけど、今オレはスクールでは
上級クラスに在籍してる。まあ世間の草トーナメントに出てる方々基準の
テニスレベルで言えば初級から中級程度の実力だな。
6年前からテニススクールに入って、一昨年から試合に出始めた。
初年度はシングルスなんか草トーナメントセット数換算で5勝70敗だったよ。
で、そのころはどうして勝てないんだろう、体力もあるほうだし、戦術だって毎日
研究してそのとおり試合をしてきたつもりだったわけ。
でもね、そういうときに目で見る情報、ってのが役に立つのよ。
まあまずはこれを見てくれ、2009年春のオレの動画だ。
戦術とか体力とか言う前に(以下省略
なってないよな、何もかも。
まあ今もかなり下手ではあるけど、自分的にもね、当時この動画を見て、
なんか下手だな〜と感じて、そっから順番にフォアハンド、ボレー、
サーブ、そしてバックハンドとひとつひとつ改善して今に至っているのよ。
で、その時々でビデオを活用することによってさ、自分のできること、できないことを常に意識してね、その過程過程でいいコーチに出会い、自分の行きたい方向に対して色々なアドバイスをもらって、アシストしてもらってきた。
余談だけどビデオで残酷なところは自分の腹回りが良く見えるのよ、んでもって、
しょうがないからトレイルラン走ったり、マラソン走ったりしてフィジカルのレベルを
上げてるのもこの自分の姿をビデオで見て哀しくなったからだしな(笑)。
一応今の俺の動画もあげとこう。まだまだだけど、上の動画よりは
幾分マシだわな。まあこうやって比較できるのもビデオのいいところだよな。
正直スポーツで技術的に路頭に迷うタイムロスをしているヒマはもうオレの年齢だと皆無だから、そういう意味で駆け足で競技生活を送っているわけだが、
今のところその成果はとりあえずあがっている、と言ってもいいかな、と。
でもねえ、そこでやっぱりさ、色々と考え込むことも出てくるのよ。
まず俺自身が幸せになって、まわりの人を幸せにする、っていうことが
助監督時代に出した俺の生き方のとりあえずの目標だったわけ。
で、これは勿論体育会のような勝利、を目指す組織が強くなるためには
今も俺は正しい、と思う。
でもね、それがね、この前、麻布でアイスホッケー部と水球部の先輩方と
お話をさせていただいたとき、当の体育会の先輩方からさ、
それって違う見方もあるんじゃないの?っていうことで話題になったのよ。
自分を知ること、そこから前に進むために何をするかを考えること、
そこはいい。
けれども、その先、誰のために、どのように、生きるんですか、という
設問に対しては自分の実力や立場、つまりモノトラスな慶應の、体育会、っていう縛りを離れたとたんに、さまざまな答えが出てくるんじゃないの?っていうことだな、いまさらだけど。
そしてそこにもさ、やはり順序、ってのがあるんじゃないの??って
いう話題にもなってちょっと話し込んだんだよね。
お、つい書きすぎた。
まだリアルのほうが終わらんのでとりあえずこの話題は
機会があったら書くとするか。じゃあね、また明日になるか一年後になるかは
わからんが、とりあえず、また。
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