スキーのちテニス、時々ラン。

スキー部助監督引退(笑)後、テニスやってます。むしろ現役時代よりも熱心に(ry

元助監督日記

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順序が大事。

まあこの前のブログで先週末、先々週末とうまい方々とテニスをさせていただいた、と書きました。
 
こういう方々とやるとさ、本当に自分がまだまだだってことがよくわかるよね。
 
でもさ、それと同時に、自分が良くなった、ってところもよくわかる。

まあ昔からオレが言ってるのは、スポーツでもなんでもとにかくまず己を知ること、ってのが大事、って書いてきた。
 
自分が今どんなチカラがあって、同時にどこが弱点で、どんな立場にいるのか、そういうことを鳥瞰的、客観的に見られる目を養うこと、それは自分だけでなく、深呼吸してまわりを見渡し、冷静にものを考える習慣がなくちゃできないことだ。
 
これはまあたとえば人生経験の蓄積によって気がつくことがたくさんあるわけで、
若いころはオレ様だった人でも社会的経験をつめば年齢なりに人と自分との
違いのディテールが見えてくるわな。
 
ま、そういう堅苦しいことはおいといてとにかく自分を客観視するためには、特に
スポーツにおいてはやはり目からの情報ってもんがとても役にたつ、とオレは
思っています。

ナダルやフェデラー、ニシコリを見てああいうテニスをしたい、と思う。
そして自分も練習を重ね、技術の習得に努める。でも、スポーツは奥が深い。
自分でどんなに格好いいと思っても、人から見たら全然違ったりする。
更に、間違った方法で練習に励めば技術の習得どころか怪我に直結する。
ま、そういう意味でスクールの存在ってのは本当に大きいよね。
自分たちが知らないことを教えてくれる場所なわけだから、少なくとも
間違った方向には行きづらくなる。つまりロスが少なくなる。

とはいえ、それだけで上達できるほどスポーツは甘くはないよな。
練習しなくては技術は上達しないし、そのためには体力も必要。
そして、なによりも自分自身の中で、こうなりたい、という具体的なイメージが
必要。
 
そういう意味で僕は常に外での練習ではビデオを回すようにしている。
だって、自分自身のテニスは自分じゃ絶対に見れないわけで、
そうなるとオレってもしかして天才?とか勘違いしててもわかんなかったりするわけ(笑)、でも画像が残っていれば腹が出てるとか、動きがのろいとか、
まあ残念だけれどの自分のリアルを感じ取ることができる。
つまり、己を知ることができる。

で、だ。
 
でもさ、そっからが問題だよな。どんなに己を知ろうとも、そこをベースに
上を目指そう、と思わなきゃ元の木阿弥、まあ上達はするだろうけども
劇的な上達は見込めないよね、とオレは思う。

己を知るということはイコール自分の長所短所を客観的に語れること、
ということはもう何度も何度もこのブログで書いてるとおりオレが
一番大事だと思っていることのひとつですな。
 
今の、そして未来への自分がいかに動くべきか、他人とどう接していくか、
ということを考える原点となるゼロポイント、ともいえる。
資格や知識もないのに現場監督をしたい、と言えば当然失敗する確率は
高くなるし、初心者がいきなりフェデラーのバックハンドと同じショットを打ちたい、
とか全部のショットが満足に打てないのに試合で勝てる戦術を教えてくれ、
と言われたらコーチも困ってしまうだろう。
 
その旺盛なチャレンジ精神は時に前向きでいいね!っていう評価も
されるけど、まあ普通に考えればまずその前にやることあるでしょ、
足元をしっかり見ないとすべてにおいて上達は見込めない、とオレは
思うのよ。まあ、つまり物事には順序があるってことだな。

仕事の合間なんであんまり長くはかけないけど、今オレはスクールでは
上級クラスに在籍してる。まあ世間の草トーナメントに出てる方々基準の
テニスレベルで言えば初級から中級程度の実力だな。
 
6年前からテニススクールに入って、一昨年から試合に出始めた。
初年度はシングルスなんか草トーナメントセット数換算で5勝70敗だったよ。
で、そのころはどうして勝てないんだろう、体力もあるほうだし、戦術だって毎日
研究してそのとおり試合をしてきたつもりだったわけ。
でもね、そういうときに目で見る情報、ってのが役に立つのよ。

まあまずはこれを見てくれ、2009年春のオレの動画だ。
 


戦術とか体力とか言う前に(以下省略
なってないよな、何もかも。
まあ今もかなり下手ではあるけど、自分的にもね、当時この動画を見て、
なんか下手だな〜と感じて、そっから順番にフォアハンド、ボレー、
サーブ、そしてバックハンドとひとつひとつ改善して今に至っているのよ。

で、その時々でビデオを活用することによってさ、自分のできること、できないことを常に意識してね、その過程過程でいいコーチに出会い、自分の行きたい方向に対して色々なアドバイスをもらって、アシストしてもらってきた。
 
余談だけどビデオで残酷なところは自分の腹回りが良く見えるのよ、んでもって、
しょうがないからトレイルラン走ったり、マラソン走ったりしてフィジカルのレベルを
上げてるのもこの自分の姿をビデオで見て哀しくなったからだしな(笑)。
 
一応今の俺の動画もあげとこう。まだまだだけど、上の動画よりは
幾分マシだわな。まあこうやって比較できるのもビデオのいいところだよな。
 
 
 
正直スポーツで技術的に路頭に迷うタイムロスをしているヒマはもうオレの年齢だと皆無だから、そういう意味で駆け足で競技生活を送っているわけだが、
今のところその成果はとりあえずあがっている、と言ってもいいかな、と。

でもねえ、そこでやっぱりさ、色々と考え込むことも出てくるのよ。
まず俺自身が幸せになって、まわりの人を幸せにする、っていうことが
助監督時代に出した俺の生き方のとりあえずの目標だったわけ。
 
で、これは勿論体育会のような勝利、を目指す組織が強くなるためには
今も俺は正しい、と思う。
 
でもね、それがね、この前、麻布でアイスホッケー部と水球部の先輩方と
お話をさせていただいたとき、当の体育会の先輩方からさ、
それって違う見方もあるんじゃないの?っていうことで話題になったのよ。
 
自分を知ること、そこから前に進むために何をするかを考えること、
そこはいい。
 
けれども、その先、誰のために、どのように、生きるんですか、という
設問に対しては自分の実力や立場、つまりモノトラスな慶應の、体育会、っていう縛りを離れたとたんに、さまざまな答えが出てくるんじゃないの?っていうことだな、いまさらだけど。
 
そしてそこにもさ、やはり順序、ってのがあるんじゃないの??って
いう話題にもなってちょっと話し込んだんだよね。


お、つい書きすぎた。
まだリアルのほうが終わらんのでとりあえずこの話題は
機会があったら書くとするか。じゃあね、また明日になるか一年後になるかは
わからんが、とりあえず、また。

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金環食でしたね。

いや、今日は朝から金環食でしたね〜、って世間話みたいに始まったブログですが、いやあにしてもしかしねえ、
金環食、丸かったねえ、でも小さかったねえ、けどキレイだったねえ。
で、このブログ、近頃はテニスやトレイルラン、つまり脳味噌筋肉だらけのブログと化してるんだけどな、
実はな、中の人はな、中学は気象と天文の会、高校は地学(天文)研究会に所属していたのだ。
中学時代、夏休みとかは年に一回気象と天文の会で合宿行って各地の測候所をめぐったりもちろん夜は空を見上げて天体観測なんかしたりしてたんだぜ、ほら、ちょうど合宿中の夜の写真があったんでアップするぜ。

イメージ 1

左下のシ○ズ先輩、三色テンパッてます・・・って違う違う間違えた。

イメージ 2

ほら、こんな感じで合宿行ったりしてたのよ。

え、オレがどこにいるかって?

全力でスルーしてください。

まあ高校時代はプラネタリウムの解説までやってったっていうトンデモ経歴を持った夢追人であったのだよ。ま、つことで、今回の日食。

すまん、あんまり興味ない(爆)。

って、全然話が違うじゃねえかよ、まあねえ、今ももちろん天文に興味はあるけども、時間は夢追人を見事に金追人に変えたのであったのだ。ま、金は今も全然ないけどな(汗)。

で、日食に話を戻すけど、思い起こせば中学時代、今から34年前かな、1978年の部分日食のときは学校にカメラを持ち込んで欠けながら沈む夕日を写真とりまくったっけ、そのときは上の写真のマー○ャンやってる先輩方も真剣にシャッターを
切ってたなあ、そのときは月食とかも小遣いを貯めて買った愛機
オリンパスOM−2と80mm屈折望遠鏡で一生懸命写真撮影してたっけ。
今は自動追尾の赤道儀や露出自動のデジカメでかなり簡単に撮影できるんだろうけど、当時はそんなもの一切ないのよ。
で、まず北極星を小さい望遠鏡で覗いてから極軸をあわせるのよ。
ところがオレの赤道儀は安モノだったから(それでも十分高かったけど)、
極軸望遠鏡がないヤツでね、北極星の0.6度のズレをあわせるには
勘しかないわけ(笑)。で、その赤道儀をとりあえずセッティングしたらカメラを
アタッチメント(これがまた高かった涙)で取り付けて撮影開始。
ところが当事、当たり前だけど自動追尾の赤道儀なんか買えるわけないほど
べらぼうに高かったから自分で補助の望遠鏡を見ながら星がずれないように赤道儀を回しながら写真をとるわけ。まあいい写真をとりたいからアキバに行って
モーター買ってきて自作したりもしたっけな。そのころはアキバもまだラジオの
街だったっけな、まあ結局ロクなものはできあがらなかったけど(笑)、結局最後は10cmの反射望遠鏡(鏡は買った)を自分で作った経緯台に載せたやつだけがオレの自作望遠鏡歴ですな。
って話がずれたけど、そんな環境で中学生のとき撮影したのが下の月食写真。
なんだか一枚だけ残ってたw

イメージ 3


中学時代の写真だからヘタクソだけどまあ撮影環境を考えればしょうがない。
つのは、月食のときも月がどんどん欠けると暗くなるじゃん、そうなると露出時間が長くなるから赤道儀の動きが地球の自転についていけないでブレちゃうのよ。
だからこういう欠けはじめの写真しか撮れてないんだよね〜、まあ今の優秀なマテリアルがあればそういうこともないんだろうけどさ。

まあスキー部入ったり社会人で仕事に忙殺されているうちに天文とは疎遠になったし、カメラはもちろん高かったし、レンズもいいのを撮ろうと思えばフローライトやアスフェリカルという当事の一番高級なレンズも必要になったし、
もちろん望遠鏡も大口径が、更に先述の赤道儀なんか専門メーカーだと
ひゃくまんえんに達するものも当然有りだったわけで、まあいわゆるかなり
高額な価格がかかってきちゃうこともあって他の趣味もあるからそっちに
流れて今に至ってるわけだ。

でも今日、久々に欠けてる太陽を見たら、中学、高校のころをちょっと思い出したなあ。一時期熱狂した趣味ってのはある意味おなかいっぱいになってる部分があるから、そういう意味で「あまり興味がない」って発言になったんだけどね、
それでもやっぱり金環食の太陽はきれいだった。

そして思ったよ。
肉眼で見るのが大事、だとね。

今は本当にネットで星の動画が見れる。

でもなあ、オレが中学時代、まず自分で望遠鏡を覗いて感動したのは
半月を見たとき。クレーターに圧倒されたね。
そして、木星の縞々とガリレオ衛星をみたとき。
更に土星のわっかを見たとき。
それから、M31をはじめとする星雲、二重星、8cmや10cmの小口径望遠鏡では
天体専門誌にのってるような写真みたいなのはまったく見えない、
ちっぽけな視野の中、ちっぽけな星がゆれながら浮いてるだけ。
でも、その星は、みなとても明るかった。
どこまでも沈み行くような漆黒の中、宝石のように輝いていた。
寒空の下、望遠鏡かついで手をこごえさせて一人で屋上行って(そのころは
まだ練馬も暗かったし)一人でガサガサやってニヤニヤして、まあいわゆるひとつの
怒辺体だな、今考えると。でも、今も鮮烈におぼえているのだよ、その星たちの
輝きをね。もちろん寒かったこともあわせて(苦笑)。


そういう意味で、今回の日食も肉眼で見れた。
まあ実際見れた方はそう思ってると思うけど、太陽はテレビに比べて小さかったけど、それ以上にテレビに比べて明るかったなあ、っていうんじゃないかな。

そして、きっとオレの木星や土星と同じく何年たっても金環食の記憶は
脳裏に焼きついて離れないものとなるんじゃないかな、と思う。
そして、それこそが一人一人への天からの贈り物なんだろうな。

まあ現象としては皆既に比べ凄いサプライズはなかったから
個人的にはまあこんなもんか〜みたいな、さめた部分はオレの中に確かにあるよ。
子供の頃、何度も何度も天文雑誌を見てアタマの中で日食のことを考えた結果、
なんつーか、実際に起こることをシミュレートしつくしたからかも知れない。

中学のとき、カメラが流行ってさ、オレも何を買おうか、と小遣いを貯めながら
毎日カタログを集め、見てた。
放課後カメラ屋に行って操作もしてみた。
で、候補がキヤノンのF−1,ニコンF2、ってまんま当事の看板機種(笑)。
ちょうど機械式シャッターが電子シャッターにかわる時代で、
ペンタックスがMX、キヤノンもAE−1やA−1、ミノルタがXDあたりを
ラインナップ始めたころだったんだが、天体撮影の場合、できれば
視野は広いほうがいい。フォーカシングクリーンも明るいほうがいい。
となると、そのあたりが交換できる機種がいい。
更に、露出は当然長時間だからバルブ撮影時、電池を使うカメラでは
極寒の中の長時間撮影には使えない。
とかやってると結局上の二機種になっちゃうのよ。
でも高かったから、当然金をためる期間が長くなる。で、その間
さっきも書いたけど毎日カタログを眺める、読む。
で、最後には全部憶えた。そして、買う前に、買った気分になった。
んでもって、買う前に、飽きた(笑)。
いや、本当だって、マジよマジ。
だからさ、今回の金環食もね、オレの中ではもう脳内で何度も何度も
再生されてて実際に見るまでもなく、完璧な既視感とともに飽きちゃった感が
あったわけなのよ。

ま、カメラのほうは結局F−1もF2も買わずに
当事画期的な露出方法であったTTLダイレクト測光を用いたオリンパスOM−2
になった(F−1やF2よりも勿論安かった)。
OM−2の全機能ももちろん憶えてる。SPD(シリコンフォトダイオード)、MOS(メタルオキサイドセミコンダクター)、とかね、いやまったく無駄知識ばっか憶えてら。

で、F−1は買ってもないのに飽きちゃったから後年ヤフオクでカメラを大人買いしたときの機種はF2とOM−2です。
興味あればバックナンバーを読んでください。アストロディアへのこだわりも
書いてあるからw

ま、でもね、そんなこととは関係なく、やはり金環食はキレイであった、
それは揺るぎのない事実で、やはり見てみないとわからないものが世の中に
あるんだ、ということを再認識した金環食だったね。



スポーツはそういう意味で、脳内のシミュレーションも大事だけど、
それを実現させるためにはやはり日々の鍛錬が欠かせない。
そして、自分が進化すると同時に相手も進化する。
我々の時間基準からすれば変わらない天体に比べれば
とってもとっても短い時間だけど、
それでも今を一生懸命生きたいと思う。充実した今日のために、
そして明日を今よりもっと進化したものとするために。


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ビバ、クマちゃん。サントピアテニススクールのゲームイベントに参加だん。

さて、GWも終り、今日からまた現実の生活がはじまりました。
近頃しみじみ思うのは仕事があるってことのありがたさだよなあ。
そりゃ仕事をしないでも生活ができてテニスできるんならいいけど、そういうわけにはいかないからねえ。って、休み明け初日の昼間っからこんなブログ書いてて何が仕事なんだか(汗)。

まあいい。言うはやすし、行なうは難しだ(意味不明)

でさ、そんなオレなんだけど、5月4日はサントピアの
イベントでゲーム大会(団体戦)ってやつに参加して来ました。
まあ団体戦って言ってもスクール生を先着で30名集めてさ、
その場でくじ引きして6チームにチーム分け、各チームに一人コーチが
ついて各々3試合、チーム対抗戦っていうお楽しみ系のイベントでね、
ただ試合についてはしっかりとダブルス6先形式をするからそれなりに
真剣な雰囲気も漂って結構いい感じのイベントにはなりました。
俺もこの日はがんばってダブルスやりましたよ、マジで(笑)。

オレは今回くじ引きで店長クラスになったんだけど、
そんなお祭り気分の中、最後の試合の相手がサントピアの誇るヘッドコーチの一人、クマちゃんチームであります。

え?クマちゃん知らない?
駄目だな、お前。まず正座しろ。そしてこれを読めw。

そう、オレの永遠の憧れのコーチであらせます、クマ○カヘッドコーチ、
その人であります。
思い起こせば6年前、オレがはじめてラケットを握って4番コートで
むさくるしいw大学生のナ○タコーチの指導をうけていたとき、
はるか向こうの一番コート(上級)から高らかに響き渡る「アーイ、アーイ」の
掛け声とそのさわやかな風貌に、ああ、テニスって、サントピアって素晴らしい、
いつかクマちゃんのレッスンを1番コートで受けてみたい、そう思い努力を重ねて
きたんだよね。

で、そんなオレの思いをしっかりと受け止めて、
チームキャプテンの店長が粋な計らい、店長+オレペア VS クマちゃん+ナミキングの 1セットマッチが開催されました。
え、ナミキングって誰?説明が面倒くさいからこれを読んでくれ。
ま、つまり相手にとって不足はないってことだな、ってどんだけ上から目線だ(笑)。

で、まずナミキングのサービス、オレのリターンから始まったんだけど、
一発目からクマちゃんがオレのストレートロブをバックハンドスライスで
見事カット、オレがクロスに浅く返したタマをすかさずフォアの
オープンスペースにボレーで決め、いや、さすがコーチの技で15−0。
で、アドサイドは我らが店長、オレが高い打点でボレーできるように
しっかりと深く返球してくれて15−15、いや、なんて生徒思いのコーチなんでしょう、
いや店長だからお客様思いかw

で、第一ゲームはオレもクマちゃんにポーチされないよう気をつけ、
ナミキングのダフォもあってブレーク、第二ゲームは俺のサービス。
で、ファーストサービスのスライスサーブをクマちゃんがネット・・・・。

今日からは5月4日はみどりの日改めサービスエース記念日にします。


ありがとうクマちゃん、この恩は一生忘れないよ。
まあその後は前衛の店長がもうこれでもかっていうくらいの大活躍、
前に出ればスマッシュ、後ろに下がってもスマッシュ、クロスもストレートも
なんでもポーチで得点、俺はサーブを打ってるだけでサービスゲームキープとなりました。

で、2−0。

そして、この試合最大のポイントが来ました。

そう、クマちゃんのサービスゲーム、であります。
クマちゃんサーブ、おれがリターン、オーバーライン、アウトーっ!
まあ、そりゃそうだ、相手はコーチだからな(笑)。

最後は店長のリターンダッシュをローボレーでしのぎ、更にアド側の
バックハンドの難しいタマをバックボレーで見事サイドに落としたクマちゃんが
サービスキープされました。

で、2−1から店長のサーブ。
店長は左利きです。だからスライスサーブを打つと右利きのバック側に跳ねるわけ。
と思うとさ、同じフォームから今度はワイド、つまり右利きのフォア側に速く、
逃げるタマのサーブも打てる。多分それに加えてもっともっと色んなサーブを打てるんだろうけど、今回見せたのはこの二つのみ。でもそれだけでも凄かったよ。
つまり、バックにくるかフォアに来るか全然わからん。ジュースサイドの場合、バックにくればぐりんぐりんまがるから、スライス系の面でうけると球が浅く浮き上がって前衛のスマッシュの餌食になり、フォアサイドのタマは生徒レベルではまあ100%
とることはできない代物。
つことで、らくらくキープで3−1。
続くナミキングのサービスも店長がオレという障害物を巧みに避けて
右に左に前に後ろに動いてブレーク、4−1。

だがそっからナミキングもがんばった。そして俺ががんばらなかった(苦笑)。
そしてなによりクマちゃんが真価を発揮し始めた。

えっと、誰が名づけたかしらないが、クマちゃんには二つ名があります。
そう、その名も
「キング オブ ディフェンス」キラリーン☆

本当はもう一人のヘッドコーチ、ア○イ君が名づけたんだけど(笑)、
とにかく、すごいのよ、ディフェンス力が、もうピンチになればなるほど
アクロバティックなフォームでタマを返しまくる、4−1になって俺も
ちょっと図に乗っててさ、前衛のクマちゃんのサイドを狙って何発か打ったんだけど、
それを本当に、ことごとく返してきてしのぎきった場面が何回もあったわけ。

つことで、俺のサービスゲームがブレークされ、
クマちゃんのサービスゲームも
得意のサーブ&ウォッチのスタイルを
捨てて
ちょっと本気を出したクマちゃんがキープ、
試合は4−3と一気に白熱した展開になってきた。

で、第八ゲーム。
店長、キターッ!!!
いや、本当に、あっと言う間でしたね、俺がラケット振る機会もないほど、
つかオレがラケット振らなかったおかげですんなり行ったのかと(笑)。
つことで本当に危なげなく場を支配、鮮やかにサービスキープ、スコアは
5−3。

で、三順目、ナミキングのサービス。
ここでも店長とクマちゃんの前衛ボレーのコントロール合戦、レベルの高い
駆け引きがありまして、ナミキングと俺は置いてかれましたが、
そんな中ナミキングのワイドに切れるサーブが冴えてオレから
エースをとってジュースを制しスコアは5−4。

そして第10ゲーム、オレのターン。
で、0−0で俺のサービスをクマちゃんが深く返してきて、
それをオレが珍しくいい球でセンターのクマちゃんの足元に沈めた。
だが、やはりそこはヘッドコーチクマちゃん、見事にハーフボレーで
しのいてきた。

でも、ここで早く終わらせたい(予想w)店長がクマちゃんのハーフボレーで返した
難しいタマを一気につめてクマちゃんにダイレクトアタック、
でもそこはキングオブディフェンスが返す、だが更に詰めた店長がもう一度アタック、
しかししかしキングオブデフェーンスがまた返す、そしてその返球が絶妙の中ロブとなって前に詰めた店長の頭の上をキレイに越す弾道・・・・

そのとき、そのときだよ、オイ。

前にいたはずの店長が一瞬のうちにポジションをさげてて、
更にそこからワールドカップバレーさながらのジャンプ力で
ジャンピングスマッーーーーーーーーーーーーーーーーーーシュ!!!
さすがのキングオブディフェンスもこれはとれなかった(大拍手)。

つことで、結局6−4で店長+俺チームが勝たせていただきました。

正直、やはりコーチは凄いや、と思いました。
味方の店長、正直俺とペア組むよりも一人で闘ったほうが強いだろうが、
そこはしっかりと見せ場をオレにつくってくれて本当に楽しくダブルスを
プレイさせてくれました。
そして相手のクマちゃん、さすがキングオブディフェンスの名は伊達じゃない。
ダブルスのセオリーってとにかくクロスに返すっていうのが基本なのよ、
でもちょっとタマが浮いたりするとストレート、つまり前衛のサイドを抜こうとか、
前衛に思いっきり打ち込んでエースをとろう、とかつまりコントロールより球威で
勝とう、みたいな考えがよぎるんだよね、で、オレもこの試合、パートナーが
頼れるからいつも以上にストレートアタックをしかけたんだけど、全部クマちゃんに
返球されました。

レッスンでよく「ストレートはヤヴァイからダメ!」ってコーチに教わるけど、
こうやってそのとおりになると本当にああ、レッスンで言われたことはこういう
ことなんだ、としみじみカラダで感じられるよね〜。

仕事だってなんだって物事を進化・完遂させるには考え、実行して、
それを評価して改善点を見つけてよりよい計画をたてて実行する・・っていう
PDCA(PLAN,DO,CHECK,ACT)サイクルがあってさ、
そういう面から切り込んでいくとこういう試合ってのはまさにチェックする
にはもってこいの場なんだよね。
まあ当たり前だけど人間、考えなきゃ進化しないし、行動しなきゃ結果は出ない。
けれども考え方、行動の仕方によって同じ時間、同じ汗をかいても
その結果は違いが出てくるし、その差は長い間には途方もないほどの差に
なっていることも珍しくはない。

こんなに書いてて言うのもなんだが、たかがテニスだ。これが上手になったからと
言って別に得るものは無いかも知れん。
でも、そういう考え方、行動様式というのは必ずテニス以外のことに影響を
もたらす。
テニスがあるから仕事をしっかりやろう、体調管理をしよう、もちろん逆も有りなわけで、仕事のために汗をかいてすっきりした体調で臨めるように、とか、オンオフをうまくコントロールして生産性を高めようとか、もちろん今言ったようにPDCAをスポーツでも仕事でも方法論として実践することによって効率的かつ論理的な生き方ができるのでは、と思うわけだ。

ま、そんな理屈っぽく語らないでも、楽しいものを楽しむ、自分が、まわりが
楽しく生きるためのツールとして、スポーツを使えるってのは本当にいいことだと思います。
と、キレイにまとめて今日はおしまい、と思ったけど、最後に一言。

えっと、まあこのゲーム大会だけど、基本的にとてもよい企画だったと
思います。
けれども、そうだねえ、欲を言えば、もっと良くできたんじゃないかと思うのよ。
もちろん、時間も金も限られてるからそういう面で、たとえば商品をもっと
良くしろ、とかそういう意味ではなくて、
たとえばチームわけだけど、当日くじ引きでチームをわけたのはいいにしても、
チームごとの男女比がバラバラで、6人中女性が4名のチームもあれば2名の
チームもあったわけ。各個人のレベル差なんてのはあって当たり前だけど、
たとえコーチが女性でも男女の人数差があると、チーム戦には基本的にならないよな。ま、当たり前だけど女性4名のチームは最下位になったみたいだしね、
スクール初級ならまだしも、スクール上級の方々の集まりなんだから、
試合をするっていうよりは当然「それなりの」試合をやりたい(勝ちたい)、という気持ちもあるでしょうからそのあたりを主催者は慮らないといかんよな。

今回参加されてるメンバーの方が昼間の女ダブメインでやられてる方が結構
いたわけだから、試合形式としてはミックスをメインにするよりは女ダブや
男ダブをやりたい人が多かったのではないか、と思うし、更にチーム内で
の振り分けで、女性二名で女ダブはしょうがないけど、ミックスで同じ人と
ペアを組む事態が生じることもあったみたいだ。
女ダブと男ダブ、ミックスがそれぞれまったく違うってことはコーチなら
わかってると思うし、せっかく30人もいて同じ人とばっかるやるって
もったいない話だと思うんだよね。

根本的に参加する男女の人数は決まってるんだから、そういう事前に準備
できるところはもっとちゃんと考えておかないと、結局現場が混乱しちまう。
たとえば二ヶ月に一回やる男子シングルスなんか事前にちゃんとシードを決めて組み分けしてるじゃん、今回なんかみんなスクール生なんだから、男女比をあわせることくらい、ちょっと考えればできるんじゃないかなあ、もったいないなあ、と思ったわけです。

勝ち負けが入る以上、30人全員が心から楽しめるイベントってのは正直
難しいとは思うけど、せっかくのスクールだし、せっかくのイベントなんだから、
これに満足せずにもっと楽しいイベントを開催していただきたい、
と心から願って今日はおしまいだぜ。

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4月のテニス&ラン報告。いや、テニス&ウォーク報告だな(汗)。

とりあえずGW中で山梨に来てます。
3月まではもう何がなんだかわからん忙しさで、四月になったら今度は不規則な忙しさになって
正直運動どころじゃねぇよってな感じだったんだけど、
なんとか2日に一度仕事を終わらせて4日間のオフとなりました。

で、時間をちょっと戻してまずは4月上旬の山梨桃源郷マラソン報告。

ハーフマラソンだったけど練習不足でのぶっつけ本番ラン。いや、きついだろうとは思ってたけど、
予想以上にキツかった(汗)。

去年のクリスマスのハーフが1時間43分、そこから年明けは少し走りこんで
1月にフルマラソン 4時間16分、だがそこから年度末進行で練習はゼロ、
2月頭にハーフ1時間57分、2月終わりにまあバナナ被ってだけど東京4時間44分
3月には20日にトレイルランだけど一応42.195キロが5時間27分、とまあ見事なまでの
走るたびに遅くなる負のスパイラル、まあこの時期は忙しいと最初からわかってたことだから
練習=試合という形にしてたんだけど、いやそれにしても走るたびに遅くなるのは正直
情けないわな。

でもって、今回。
ランナーだとわかると思うけど、トレーニングを怠るとさ、とにかく最初にへたれるのが
心肺機能です。
カラダも勿論駄目にはなるけど、車で言えばトップギアに入らない状態、走りたいのに
心臓と呼吸がバフバフ言って走るのを拒絶するんだよね。

つことで、いやまあ最初の7キロ、ぜんぜんペースあがんねーって感じでキロ6分半ペース、
中盤から少しくだりもあったけどやっぱり6分をきるペースでは走れない悲惨な状況のまま
とにかくゴールしました。タイムは過去最低の2時間19分、いや笑うしかないよな・・

ま、それでも走って良かったぜ。
天気が良かったし、下のような格好で走ったんでゴール後キレイなお姉さんに囲まれ写真を
とっちゃうハーレム状態にもなっちゃってマラソンの醍醐味(?)大満喫。
いやあ
さすが桃源郷マラソン(笑)。

次回は自分が苦しまないように少し練習してます(ぼそっ)
Ran 13.8km at 07:06 mins/km pace total 1:37:56 

イメージ 1





















。                                               

で、ウォークの話はここまで。
次はテニスの話題。
で、そのあと4月29日の試合に出たかったんだけど予定があわずにエントリーできず。
つことで、試合感覚が鈍るのもいやなので5月1日にインスピの中級シングルスに急遽エントリー、
出てきました。

結果は6−4、4−6、6−3の二勝一敗。
過去二回出ててやはり二回とも二勝一敗だったんだけど、どっちも最初の試合が負けてるのよ。

つことで、今回は「まず緒戦をとる」ことを第一に考えて準備運動をしようと思って
エントリー30分前に行ってアップをしようと思ったそのとき、とつじょ豪雨が(笑)。

でもそのあと、インスピの兄ちゃんの努力で水かき水かき、試合を最後までやりきりました。

つことで、とにかく最初の試合。
オレのサービスゲームから始まったんだけど、
まあサービスエース二本でキープ。で、そのあと相手のサービスをブレーク。
ということで4−1と終始有利な展開で結果6−4で勝利。

まあ一試合目のテーマはとにかく勝つってことだったんで良かったけど、
技術的な課題としては「組み立てて押し込む」、
つまり一発で決めるんじゃなくて相手のポジションを見ながらコースと球威を打ち分けて
相手が劣勢になったところに決めのショットを打つっていうコンビネーションでポイントを
とれるよう考えてテニスをしたわけよ。

ま、とはいえ俺ができる組み立てなんてクロスに深い球を打って相手が苦し紛れに返してきた
浅い球をオープンコートに決める、くらいしかできないんだけど(汗)、まあそれでも
そのスタートになる「深くコントロールされた球」と決めの「オープンコートに角度をつけた球」の
二つをしっかりと打とうと頑張ったわけだ。

俺がここ二ヶ月ですこしマトモになったショットは二つあってさ、
ひとつはいまさらだけどサービスリターン、
そしてもうひとつがバックハンドのトップスピンストローク。

サービスリターンについてはまあこれが打てなきゃ相手のサービスゲームをブレークできないから
絶対に勝てないよな。まあ今回は三試合あわせて相手のサービスゲーム14ゲーム中7ゲームを
ブレークできたからこのレベルでならだいぶリターン力はついてきた、と言えましょう。
まあいつも練習しているインチキとかテツジンとかのサーブは半端ないからねえ・・・練習相手に感謝だな。

ま、それはともかく今回俺はひそかに試したいと思ってたのは二番目のバックハンドストローク。
で、さっきの話に戻るけど、自分のバック側に来た球を俺は二ヶ月前までは回りこんでフォアで
打つことが多かったのよ。もちろんそれはバックハンドが超苦手だからなわけでね、
3月6日にやったインチキとのシングルス練習だと全部バックハンドはミスってる。




















でも4月25日に同じインチキとやったシングルス練習会だと
明らかにバックハンドのミスが減ってるんだな。ほれ、見れ↓。


とはいえ、最初からバックハンドを使ってミスってもいやなんで最初の三ゲームくらいは回りこみフォア主体、
それで少しスコアに余裕が出たところでバックハンドの試運転、もちろんまだ全部がうまく行くわけじゃないけど、
そこそこの球威でスピン球が深くかえるようになりましていやあ、マジ良かった良かった、とほっとしました。

で、結局6−4で勝ち、試合後相手の方に「最初全然バックを打たないからバックが苦手なのかと思いましたけど、途中からバック使い始めてスピンぐりぐりかけてくるんでびっくりしました」と言われました。

・・・ごめん、俺自身が一番びっくりしてるんですが。

で、二試合目は4−4から雨で俺が転倒して試合中断、結局モチベーションの差で4−6で敗退、
三試合目は気をとりなおして6−3で勝利、二勝一敗で全日程終了しました。

まあインスピってのはもちろん試合とは言え練習の部分が強いから相手もいろいろと試してくるんで
公式戦になったらまた違う結果が出るとは思うけど、とにかくバックハンドについては本当に
安心して打てるようになりました。
これは勿論、サントピアの店長レッスンのおかげであることは言うまでもないんだけど、
中級(注:ここでいう中級は草トー中級で、一般的なスクールの上級の下のほう≒=草トーの初級レベルと言われています、つまり草トー中級は一般的なスクールの上級の真ん中くらい)くらいのレベルだとね、シングルハンドの人の場合バックハンドをトップスピンで打ってくる方は
あまりいなくて、基本的にスライスで返してくるのよ。

今、世界の主流はバックハンドもダブルハンド、つまり両手打ち。世界一のジョコビッチのコンパクトだけど
鋭くコントロールされたバックハンドや俺が一番好きなナダルのダウンザラインに突き刺さるバックのバモスピン、更にフェレールの命を削るような魂のバック、そしてニシコリの躍動的なバックハンドと枚挙に暇がないほど
バックは両手だ。
で、そんなドッカンショットに加えて当然スライスも打ってくるから脅威のうえに脅威なわけ。

つまり、シングルハンドでもこのレベルのスライスだけだとそんなに怖くない(個人的な感想ですw)
裏を返せばシングルハンドでバックハンドでトップスピンを打ってくる相手は怖いわけだ、と
俺は思うのよ。

つことで、レッスンではスライスを極力うたずに相手にドッカーンと返す振り切りショットばかり練習する。

石の上にも三年、というけど、それを半年で結果をださせるのが店長のすげーところで、
とにもかくにもバックハンドが試合で使えるレベルまでになったのが今回の収穫であったのよ。

で、バックハンドが打てるようになるとまたいいことがたくさんあってね、回り込んで打つとセンターに
戻るのが結構疲れるんだけど、バックなら打った後するにセンターにポジションがとれる、
つまり疲れない、って今ごろ何を言ってるんでしょ(笑)。

ま、とはいえまだまだ草トー優勝への道は遠いから引き続き技術を磨いて行こうかと思うわけです。
5月は26日にシンポウの草トーが、その前に13日の日曜に20kmトレイルラン、27日に21kmトレイルラン、と
比較的短めのレースが二本あるんでテニスを主眼において走り込みを続けよう、と思っています。

にしても、選手でいられる、ということ、それもこの年齢で動ける、ということがどれだけいろいろな意味で
ありがたく、貴重なことかと日々回りの方々に感謝の毎日です。
スポーツは自分も回りも元気にする、そして自分自身の努力による成功はもちろんのこと、失敗・敗北、という人生でとても貴重な経験を体験できる素晴らしいものだ、と俺は今も思っています。

熱く、しかし冷静なスポーツに対する信念は、あの頃と変わらず、いや昔以上に僕のカラダの芯となり
今も僕を動かしているのです。


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3月のレースと試合のご報告(笑)。

気がつけば3月31日、いわゆる支払日・・じゃなくて年度末ってやつだな、今日は。
まあ本当に貧乏なのにヒマはない、負のスパイラルの王道を歩んでいる俺だけれど3月はとりあえず
トレイルラン一試合とシングルス2試合に出て来ました。
 
まあ正直年度末で体を動かすヒマがあったら寝てたい、っちゅうような生活ばっかりだったから
当然ランニングトレーニングは皆無、走ったのは試合だけっていう状況で
12月の川崎ハーフマラソン(1時間43分)、1月の喜多マラソン(4時間16分)、2月の三郷ハーフマラソン(1時間57分)、んでもってバナナで走った東京マラソン(4時間44分)と走るたびに遅くなってきたんだが(苦笑)、
んでもってまたもや東京マラソンからぶっつけ本番で飯能宮沢湖トレイルマラソンってやつに出て来たわけだ。
 
トレイルランってつまり山道を走るやつのこと。
マラソンは皆さんご存知の42.195キロ。
つまりトレイルマラソンってのは山道を42.195キロ走るレースってことだ。
 
誰だこんなバカなことを考えたのは(泣)。
 
 
ま、このレース、第一回なんだけど足に自信のあるやつ来やがれ的なレースでさ、
名前もチャンピオンシップとかついちゃってて当たり前だけど俺自身はトレーニングしてないからかなり遅かったっす。すまん、チャンピオンでなくて(涙)。
 
一キロ6キロのコースを7周するんだけど、6周目、ちょうど30キロの周回で
さあラストスパート、とか思って消炎スプレーをプシューって足全体に
かけて走り始めたらそこがなんか妙に冷えてしまっていきなり太ももがつると
いう大惨事、5分くらい山道でストレッチしてなんとか戻してそこからは
ペースをあげすぎないようにだましだまし走って5時間半近くかけてなんとか
完走しました。いや、正直完走できて良かったよ、ほっとしたぜ(笑)。
 
イメージ 1
 
 
で、その週末にシンポウのシングルス大会。
 
参加者が無駄に豪華メンバーでサントシングルス二回優勝のテツジン、
業界団体の有名人Fさん、それからシンポウの若手コーチと
パンピーは俺とシンポウのスクール上級さんの二名かよ(汗)。
ちなみに俺はシンポウだとスクール中級だからまあ一番格下ってワケだな、
まあいつものことだけど(失笑)。
 
で、結果から言えばFさんと2−6、テツジンに4−6、
シンポウ上級さんには6−4、で、最後はその後の土Kクラスのために体力を温存(と強がってみる)して1−6でコーチに敗戦の1勝3敗の4位となりました。
 
ま、試合内容については決して悪くは無かったけど、いやむしろ良かったけど相手がやはり強かったねえ〜、まだまだ道は遠いぜ、どこに行く道かは知らんが(笑)
 
 
 
上はそのうちの一試合、テツジンとの試合内容。
実は俺ってシングルスの草トーではじめて対戦したのがテツジンなんだよね。
 
2009年の夏、サントのシングルスに中級クラス在籍時にエントリーして、
はじめての試合が1番コート(一番目立つとこねw)でのテツジンとのゲームでした。
そのときは1−6で当たり前のように負けて、結局コンソレで一勝しただけで終わったんだけど、テツジン曰く、今回はそのときよりは「だいぶマシ」にはなったみたいですね。まあまだまだ実力差は天と地ほどもあるけどな、とにかく何事も一歩一歩
進んでいくしかないよな〜。
 
でも2009年か、参考までにそのころの俺の動画もアップしとくか。
俺がはじめてダブルスの試合に出たときのビデオですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
うーむ、確かにだいぶ変わってるな、テニススタイルは。
だが体形は変わっていない、あれからフルマラソンを着ぐるみ着て走ったり、
炎天下の砂浜を5時間走り続けたり、志賀高原のスキー場50キロを
一日かけて登ったり降りたり、本当に体に悪いことをたくさんやってる(笑)のに、なぜやせないんだろうかね〜(汗)。
 
つことで明日から4月、また新しい始まりですな。
また新たな気持ちでがんばりましょう、おー。
 
 

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