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「独裁者」(監督:チャールズ・チャップリン)
(製作開始1939年1月 撮影終了・公開1940年10月)
*映画完成時、日本はドイツ、イタリアと三国同盟を結んでいたため、
作品は輸入されず、日本での公開は1960年10月。
以下は、「独裁者」のラストの
トメニア国の独裁者ヒンケルとまちがえられた
ユダヤ人の床屋の演説(大野裕之著「チャップリン再入門」より)
*注:上の画像はヒンケル
下の演説のときの床屋は帽子をかぶっていない
申し訳ない。私は皇帝なんかになりたくない。そんなのは柄じゃない。
支配や征服もしたくない。
ただ、ユダヤ人にしろキリスト教徒にしろ、黒人にしろ白人にしろ、
皆を助けたいだけだ。
私たちは皆、お互いを助けたいと望んでいる。
人間とはそういうものだ。他人の不幸によってではなく、
お互いの幸福で支え合って生きたい。憎み合いたくない。
地球には一人一人のための場所があるんだ。大地は豊かで皆に恵を与える。
人は自由に美しく生活できるはずだ。なのに、私たちは道を見失った。
貪欲が人の魂を毒し、憎しみで世界にバリケードが作られ、
軍隊の歩調が私たちを殺戮へと追いやった。
スピードは早くなったが、人は孤独になった。
富を産み出すはずの機械なのに、私たちは貧困のなかに取り残された。
知識は増えたが人は懐疑的になり、巧妙な知恵は人を非情、冷酷にした。
機械より人、知識よりも優しさや思いやりが必要だ。
そうでなければ、人生は暴力に満ち、すべては無になってしまう。
飛行機とラジオは私たちを結びつけ、人間の良心に訴えて、
国境を越えた兄弟愛を呼びかけ、私たちを一つにする。
今も、私の声は何百万という人々に届いている。
絶望する男や女や子供たち、
罪もない人々を拷問し投獄する組織の犠牲者たちに。
そんな人々に言おう、絶望してはならない、と。
私たちを覆う不幸は、消え去るべき貪欲、
人間の進歩を恐れる者の苦しみにすぎない。
憎しみは消え去り、独裁者たちは死に絶える。
彼らが人民から奪い取った権力は、再び人民のもとに戻るだろう。
人間に死のある限り、自由は決して滅びることはない。
兵士たちよ! けだものに身をゆだねてはならない!
彼らは諸君らを軽蔑し、奴隷にし、生活を規制し、
考えや感じることまで指図する。
そして、猛訓練させ、家畜のように扱って、
ただ大砲の餌食にするだけだ!
あのような非情な奴らに身をゆだねてはならない。
機械の頭と機械の心を持った機械人間に。
君たちは機械じゃない。君たちは人間なんだ!
心に人間の愛を持っているんだ。憎しみは持たなくていい。
愛を知らない残酷なものだけが憎むのだ。
兵士たちよ! 隷属のためにではなく、自由のために闘おう!
ルカ伝には「神の国は人のなかにある」と書いてある。
それは、一人の人や、特定の人のなかにではなく、
すべての人々、君たちのなかにあるんだ!
君たち、人民は力を持っている!
機械を産み出し、幸福を創る力を。
人生を自由で美しいものにし、素晴らしい冒険にする力を!
民主主義の名のもとに、その力を使うのだ!
皆で団結して、新しい世界のために闘おう!
人々に仕事の機会を与え、若者に未来を、
老人に保障を与える立派な世界のために。
けだものたちも同じ約束をして権力に上り詰めた。
だが、それは嘘だった!
彼らは約束を守らなかった。
彼らは絶対に守ろうとしない。
独裁者たちは自分だけを自由にし、人民を奴隷にした。
今こそ、あの守られなかった約束のために闘おう!
世界の解放のために、国同士の障壁を取り除き、
貪欲と憎しみと非寛容を取り除くために。
理性の世界を創るために、科学と進歩がすべての人々を幸福へと導く、
そんな世界のために闘うのだ。
兵士たちよ、民主主義の名のもとに、持てる力を集めよう!
ハンナ・・・僕の声がわかるかい?
どこにいても・・・ほら、雲が晴れて、日がさし始めた。
僕たちは暗闇を抜けて、光のなかへ出る。
新しい世界、心優しい世界に近付いているんだ。
そこでは、人間は憎しみや貪欲や残忍を克服する、そんな世界だよ。
元気を出して、ハンナ。人間には翼が与えられていた。
今、やっと虹のなかへと飛び始めた。希望の光へ、未来へと。
輝かしい未来が、君や僕、そして僕たちを皆待っている。
だから、ハンナ、元気を出して・・・・
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テレビで見た記憶がありますが、
こんなにも素晴らし演説をしていたのですね。
2010/9/4(土) 午後 10:09 [ yu_rwing ]
Hitlerは、臆病者の小男ですよね。名前は思い出せませんが、Hitlerの近くで撮影したHitlerの後姿には、後ろ手に組んだ手を小刻みに震わせる彼の姿が鮮明ですね。こんな男に・・・と、思ってしまいますが、色々と喧伝されている裏側の事実では、最後まで、「ユンカー」と言われるGerman・・・と云うよりプロシャでしょうね、伝統的な貴族達は最後まで掌握できなかったと言いますね。SSや親衛隊を除く、German陸軍の主体はユンカーですから、オーストリア出身のHitler等には掌握できなかったのですね。私の推測ですが、そのユンカーとユダヤ人が、深い経済的関係・連携を持っていて、その分断の為に、あるいは憎しみの為に、あの様な残酷なことをしたのでしょう。
2010/9/7(火) 午後 6:05 [ 方木修一 ]
しかし、HitlerをHitlerに為さしめたのは、中学校の教師達であtっと云う事実は見逃せないらしい・・・教師の80%以上が、Hitler心酔者であったと言いますね。教育者・・・日本も例外ではありませんね。教師の労働組合も、その様な歴史の反省から戦後は出発しているはずなのですが、どうも軽率な行動が目立ちますね・・・今は、寧ろ、教育フッショと言っても過言ではない・・・。
2・1ゼネスト前夜の、教師・・・私の場合は小学校の先生達・・・の真剣なまなざしが、まなこに残ります。
扇動されない、付和雷同しない・・・・そんな大人に成るべきなのに、労働運動は付和雷同・・・・罵声飛び交う組合大会・・・私は危険を感じますね。「天皇」が命を賭して戦えば、この国には、Hitlerは現れませんが、「天皇」の命が危なくなった時・・・政治家の優柔不断が恐ろしい・・・20歳前後の若者に「銃」を持たせる政治への道・・・可能性なしとはしないでしょうから・・・・。
2010/9/7(火) 午後 6:06 [ 方木修一 ]
蘇りますね、感動が、
小学生の頃、有楽座でこの映画を初めて見たとき、この最後の長い長いセリフを僕はあまり理解していなかった。
でも何年も経過して、この世界観がずっとずっと継承されていることを今新たに理解しました。
最後のハンナへの語りかけがいいですね。
誰にでもハンナはいますよね。
2010/10/6(水) 午後 1:05
あの言葉を全部書いて下さって…
読みながら再び感動しています。
言葉の全てに、共感できます。
この作品がナチスドイツが台頭し始めていた時代に作られたことを思うと、
チャップリンの勇気に、更に深い感動を覚えます。
2010/10/6(水) 午後 1:18
せんじつはコメありがとうございました。
ココへきて、あらためてチャップリンのすばらしさに涙思想です。
ハンナ・・・は彼の刃はの名から撮ったと聴いたことがあります。
チャップリンがはき続けたあのサイズの合わないドタ靴・・・なぜ履き続けたのか? あなたならご存知でしょうか?
私はかれから、人を愛するすばらしさを学びました。それなのに、ちょっと前、ほんのいっときソレを忘れ・・・。
今の自分が嫌いです。
ここで、今、今またチャップリンの言葉を読み、息を吹き返す努力をしようと思いました。
ありがとうございます。
2010/10/18(月) 午後 1:42 [ いや!! 博士はオレだ ♪ ]