大道芸観覧レポート モノクロ・フィルムでつづる kemukemu

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2008年5月25日

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昔の広告 (121) 昭和9年

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「週刊社交新聞」第4号・昭和9年3月18日号   (画像をクリックすると少し拡大!)
カフェー、待合、喫茶・・




震災後、昭和に入ると、ダンスホール、バー、カフェーが全盛期を迎えた。
ピークの昭和9年には、満州事変(昭和6年)後の軍需景気でネオンが輝き、全国で4万軒近く、「女給」は約11万人を数えたという。
東京・銀座には、「グランド銀座」(カフェー)や
「銀座ダンスホール」など規模の大きなものがあった。

この「週刊社交新聞」(東京銀座・週刊社交新聞社)なる雑誌の発行が、
その全盛期を示している。
内容は、花柳界、カフェー、ダンスホールなどの紹介記事が中心で、
売れっ子の芸妓やダンスホール専属のダンサー、カフェー社交女性の
プロフィールも顔写真入りで紹介されている。

しかし、日中戦争を経て、
昭和15年10月、都市部のダンスホールは「時局」をかんがみ閉鎖され、
また昭和19年3月の「決戦非常措置要綱」により、
享楽追放を理由にバー・カフェーなども営業停止となった。
(*終戦後すぐ復活)


「グランド銀座」社交係有志の広告の上の方に、
ドキッとするような「妾」の字。
なぜ「めかけ」?と思っていたら、
明治のはじめから、自分をへりくだって表す場合の謙譲の意味で、
「わたし」の当て字として、普通に「妾」が使われていたという。




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