鷹岡と鈴川7
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富士製紙の地元出資者は、
自分たちの貢献(伝統和紙技術)を強調するが、
経営陣の本当の狙いは、
「鷹岡の地の利」にあったと思われる。
地元の昔物語に出る「竜厳渕」。
この地は、
近代交通物流機関の発展した平地に近いのに、
水力(流量*圧)に恵まれている。
まさに富士山の恩恵だ。
(今でも、わが市の再生資源だと思う。)
これを、当時の日本最高水準の技術者グループが目をつけた。
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彼らは、開国後の自国独立維持のため、
急進的に江戸幕府の社会を破壊した。
殖産興業・西洋化。。。(富国強兵)。。。
大久保利道、大隈重信らを中心とした一派だ。
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彼らは、技術博、海外商社、国営工場などで活躍した。
なかでも、「エネルギー:水力」への取り組み姿勢が強かった。
その一派(沼津兵学校出身)は、
遷都後すたれた京都の
再生(水電)に貢献した。
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大久保利道が倒れたことで、その後ろ盾を失い
過剰な殖産興業投資批判のため
(14年の政変:「西南戦争の戦費負担も重なる」)、
彼らは在野に散っていく。
彼らは、今度は民間という立場で、
全国の水力適地探しの旅をし、
鷹岡を見つけた。 |




