中尊寺の世界文化遺産登録
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6月25日、ユネスコ世界遺産委員会は、日本政府が推薦した平泉の中尊寺をはじめ毛越寺・金鶏山・無量光院跡・観自在王院跡の計5資産の世界文化遺産登録を決定いたしました。東日本大震災で打ちひしがれていた東北地方(否、日本全体)に何よりの朗報でありました。「北方の王者」奥州藤原三代の栄耀に輝き、西行が二度訪れ、義経の悲劇に芭蕉が涙した平泉。ここはなんといっても、豊かな東北文化の中心地でした。それが世界的な文化遺産として認知された、なんとうれしいことか!!。
くわえて、この登録指定、大量の死を経験したこの年2011年に実にふさわしい「配慮」でありました。と言いますのは、藤原清衡が「中尊寺供養願文」に誓った浄土欣求の思想はまさに摂取不捨「生きとし生きるものすべての救済」を祈願したもの。この未曽有の不幸を前にして、これしかないという程の思想だったからです。
この願文の中に「二階の鐘樓一宇 廿釣の洪鐘一口を懸く」(二階建ての鐘楼とそこに懸ける20釣の大鐘のこと)として、次の文章が掲げられています。
「右、一音(いっとん)の覃(およ)ぶ所千界を限らず。苦しみを抜きて楽を与え、普(あま)ねく皆平等なり。官軍夷虜(かんぐんいりょ)の死事、古来幾多なり。毛羽鱗介(もううりんかい=獣類・鳥類・魚類・貝類)の屠を受くるもの、過現無量なり。精魂は皆他方の界に去り、朽骨(きゅうこつ)は猶(なお)此土(しど)の塵と為る。鐘声の地を動かす毎に、冤霊(えんれい)をして浄刹(じょうさつ=じょうどのこと)に導かしめん」
さして難しい文章ではありませんが訳しておきます。この鐘の音は全宇宙に向かって鳴り響き、すべてのものに平等に、苦を除いて楽を与えるもの。戦いによって朝廷派遣の軍人ばかりか原東北の人々(「エミシ」とも=今のアイヌ民族)の死もまた古来無数であった。人間だけではない、殺戮された動物たちもまた無数であった。これらのものの魂はみな他界したとはいうものの、その骨はまだこの地上に残っている。この鐘が鳴るたびに、大地を揺るがせ、その魂を西方浄土へと導きたまえ。
これから見ても、平泉中尊寺建立のヒューマニズム精神は驚くべき先進性を有していました。現代でも十分に通用する普遍の価値であり、これが文化遺産の資格はこの一事をもって十ニ分に証明できるはずのものです。
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