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「悪女について」

3人の男性を練炭自殺に見せかけて殺したとされる、

そして裁判員裁判でも百日という異例の長期の公判になった

あの事件の被告人を連想した。


もっともあの被告人は、デ○で、ブ○であるが、

それでも多くの男性が彼女の虜となった。

男を手玉に取る手練手管(てれんてくだ)は如何なるものか、

大いに興味がある。


まして、このドラマの主人公はとびきり美人のエリカちゃんである。

男がほっとくわけがない。

ドラマ外でも、エリカと船越英一郎との演技に、妻松居一代が嫉妬して

夫婦喧嘩になり、船越が家出したというおまけまでついている。


今夜は魔性の女の正体をじっくりと。

だが、試写室子もますますわからなくなったと言っているから

私も自信はないが(笑)


朝日新聞試写室

「悪女について」 今夜9:00から TBS系列

 「虚飾の女王」という代名詞がこれほど似合う主人公はいないだろう。5年ぶりのドラマ出演となる沢尻エリカが見事に演じる。
 貧しい少女時代を経て経済成長とともに富を築いた実業家の富小路公子(沢尻エリカ)が、ある日突然、謎の死を遂げる。「才女」「魔性の女」とその名をはせた公子の生き様をめぐって様々な憶測が飛び交うなか、沢山栄次(船越英一郎)ら3人の男性と同時に関係を持ち、それぞれに「あなたが父親」と妊娠を告げて周囲を翻弄していた過去が明らかになっていく。
 15歳から40歳までを七変化のように演じる沢尻には脱帽するが、知れば知るほど公子という人物がわからなくなっていく。結局、「虚飾の女王」に振り回されてしまったようだ。   (佐藤美鈴)


↓公式サイト
http://www.tbs.co.jp/akujonitsuite/

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「Wの悲劇」

夏樹静子さんの作品が大好きな私としては、

今夜から始まるドラマは楽しみだ。


主演の武井咲はわが愛知県出身。

この名前、どう読むかご存知ですか。


試写室子によると、原作を大胆にアレンジしたとある。

夏樹ファンと称しながら、恥ずかしながらこの代表作を読んでいない。

遅ればせながら、原作も読んで比較してみたい。


原作が、よくサスペンスドラマ化される故松本清張さんと違って、

夏樹さんは、ご健在で益々ご活躍中である。

夏樹さんのこのドラマへの評価は知る術(すべ)もないが、

彼女の期待に応えるものであって欲しい。

みんな観てねぇ〜。


朝日新聞試写室

「Wの悲劇」木曜日夜9時から

 もし、自分自身と寸分違わぬ分身に遭遇したら。私だったら、怖くなってその場から逃げるのがオチなのだが・・・
 武井咲が一人二役で演じる和辻摩子と倉沢さつきは違う。2人はこの数奇な巡り合わせを生かし、互いの人生を交換する。大富豪の娘として育った摩子は自由を得るために、孤独と貧困の中を生き抜いてきたさつきはそこから抜け出すために・・・夏樹静子の同名の原作を大胆にアレンジした。
 CMなどで、あのすがすがしい笑顔を振りまく武井をイメージしていると、ショーパブで働き、金のためなら売春も辞さないさつきの演技には、いい意味で裏切られるだろう。摩子とさつきがやりとりするシーンも、心配していたような不自然さはなかった。                (河村能宏)


↓公式サイト
http://www.tv-asahi.co.jp/w-higeki/

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「ブラックボード」

副題 時代と戦った教師たち

第一夜「お国のために戦えと教えた軍国教師・・・戦後、彼は子供たちに何を伝えるのか?」

    主演:櫻井翔

第二夜「校内暴力吹き荒れた1980年代、殴ることも教育だと信じていた教師の愛情とは」
  
    主演:佐藤浩市


観ましたか。

井上由美子さんの脚本です。

井上さんの脚本は一筋縄ではいかない。

縦からも横からも斜めからも裏からも鋭く問題提起がある。

ドクドクと赤い血が流れる「生きている」人間が登場する。

その興奮で眠れない。でパソコンに向かっている。

第三夜は最終回。 2012年、まさしく現代がテーマらしい。


↓公式サイト
http://www.tbs.co.jp/blackboard/

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「延安の娘」

イメージ 1

「蟻の兵隊」もそうであるが、この映画もドキュメントである。

事実の重み。

作りものならすぐ忘れてしまうかもしれないが、

この映画もきっとずっと忘れないだろう。


中国の文化大革命は私の大学時代の頃である。

紅衛兵が赤い毛沢東語録を掲げながら、劉少奇はじめの党幹部や

職場、学校、地域で「反党分子」をつるし上げ、彼らは首にその旨書かれた板を

ぶら下げられて市中を引き回された。


このドキュメント映画では、毛沢東の命によって、農村に根付けと

当時中学生だった人達が下方運動で、北京の中学校を離れて延安の寒村で労働に従事させられる。

その労働は過酷だけでなく、男女間の恋愛は禁止という非人間的なものだった。

好意を持った女子中学生が風邪を引いたので、風邪薬を持っていったら

中絶の薬と間違えられて、投獄された当時男子中学生の男性の話も出てくる。

この男性は性交渉もなかった。


この映画の娘は、下方運動での男女の間に生まれた娘が養親の承諾を得て

延安から鉄道に乗って、北京にいる実の父親に会いにくる話が中心になっている。

この娘は結婚して、夫と男の子と舅姑と同居している。


ソ連は、フルシチョフ時代にスターリン批判をして、ゴルバチョフが

開放改革をして、今はすっかり資本主義国ロシアに変貌した。

中国が国家主席によって毛沢東批判がされる日はくるのだろうか。



内容紹介
ベルリン、シカゴ、プラハ、香港…世界を涙で包んだ感動の傑作ドキュメンタリー!!
“聖地”に置き去りにされた娘は、それでも一目、実の親に逢いたかった

●製作年・国
2002年・日本

●スタッフ
監督:池谷薫『蟻の兵隊』
撮影:福居正治『蟻の兵隊』
音楽:三宝(サン・パオ)『初恋の来た道』『故郷の香り』
編集:吉岡雅春『キッドナップ・ブルース』『キャロル』
エグゼクティブプロデューサー:北川恵、中西利夫
プロデューサー:権洋子『蟻の兵隊』

●解説
ベルリンをはじめ世界各国の映画祭で上映され、惜しみない賞賛を浴びた感動作!文化大革命が残した傷跡と、その闇に飲まれ翻弄され続ける人々に光をあてた傑作ドキュメンタリーが、待望のソフト化。
黄土高原が果てしなく続く“中国革命の聖地”、延安。その貧しい農村で育った何海霞(フー・ハイシア)は、自分を棄てた実の親を探していた。彼女の両親は、文化大革命の折に下放した紅衛兵だった。彼らの間では恋愛さえも禁じられ、違反者は“反革命罪”として処罰される時勢であったため、海霞は生まれて20日で子供のいない農家に養子に出されてしまう。黄玉嶺(ホアン・ユーリン)もまた、かつての下放青年のひとりだった。生みの親を探す海霞の協力者である彼には、国家により子供を中絶させられたという悲痛な過去があった。海霞の親探しに奔走するなか、彼は無実の罪で投獄されたという古い仲間の声に衝き動かされるように、冤罪事件の真相究明にも乗り出す。
失われたアイデンティティと、人としての尊厳を取り戻すため、封じ込められた歴史の暗部に足を踏み入れた市井の人々の苦闘を描く本作は、『蟻の兵隊』の池谷薫の初監督作。当初はNHKのハイビジョン番組として2年に渡る取材を経て制作された。170時間にも及ぶ撮影テープは、02年度芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞した吉岡雅春が編集。人物の複雑に揺れる心理を、喜怒哀楽を絡ませ詩情豊かに切り取っている。音楽は、巨匠チャン・イーモウ監督の『初恋の来た道』や『この子を探して』などを手がけた三宝(サン・パオ)。
親子の再会、イデオロギーに翻弄された青春…30年に渡る封印を解き、忌まわしい記憶と対峙する人々の姿に心を揺さぶられる、感動の物語。
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
文化大革命が残した傷跡と、その闇に飲まれ翻弄される人々にスポットを当てたドキュメンタリー。文化大革命の折に下放した紅衛兵だった両親によって、生まれてすぐに棄てられた娘が親探しに奔走する。『蟻の兵隊』の池谷薫監督の初監督作品。

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「蟻の兵隊」

イメージ 1

イメージ 2

河村名古屋市長が「南京大虐殺は無かった」と南京市からの表敬訪問団の前で発言し、

名古屋市との友好提携都市・南京市では、河村市長へ抗議の意味をこめた行動が広がっている。


「蟻の兵隊」というドキュメント映画を観た。

中国では南京に限らず、日本軍による虐殺・強姦・略奪が日常的におこなわれていたようだ。

当時の兵士は、健在ならば既に90歳を超えているだろう。

彼らの殆どは、その忌まわしい過去を語らないまま墓場まで持っていくようだ。


「蟻の兵隊」は、奥村和一さんという元日本兵が、司令官の背信行為を追及する行為とともに

勇気をもって当時を証言している。

是非皆さんにも観て頂きたいフィルムである。


下記の南京大虐殺に関する本は図書館で見つけた。

公正に書かれている本だと思う。

これも南京大虐殺の項目を全文紹介しましたので、一度目を通してください。


内容紹介
世界で初めて“日本軍山西省残留問題”に正面から斬り込んだ衝撃のドキュメンタリー!
私たちは上官の命令に従い、蟻のようにただ黙々と戦った―。
終戦直後の山西省で何が起こっていたのか?

●製作年・国
2005年・日本

●スタッフ
監督:池谷薫『延安の娘』
製作:権洋子『延安の娘』
撮影:福居正治『延安の娘』、外山泰三
編集:田山晃一
音楽:内池秀和『火の鳥』『偉大なる旅人 鄭和』

●解説
中国山西省で終戦を迎えた北支派遣軍第1軍の将兵2,600人は、武装解除を受けることなく残留。国民党軍の部隊として、戦後4年間共産党軍と戦い、550人が戦死した。生き残った者も700人以上が捕虜となり、ようやく引揚げることができたのは、日本が高度経済成長に突入しようとする昭和30年頃のことだった。“軍の命令で残った”と主張する元兵士らは“志願による残留”とみなされ、戦後補償に応じない国を訴え続けている。
第1軍司令部軍司令官によって行われたという歴史上類を見ない“売軍行為”は、多くの日本人にとって知られることの無いまま、第二次世界大戦の記憶の風化と共に歴史の闇に葬られようとしている。本作は、戦争の被害者でもあり加害者でもあるひとりの老人・奥村和一が、“日本軍山西省残留問題”の真相を解明しようと孤軍奮闘する姿を追った衝撃のドキュメンタリーである。
奥村氏の体には、未だ無数の砲弾の破片が残り、左耳の聴力と全ての歯が失われている。しかし彼は、戦争によりそれ以上のものを奪われた。“初年兵教育”の名の下に、“肝試し”と称してなされた中国人の虐殺を巡るエピソードは、戦争がいかに人間の尊厳を破壊しつくすかを如実に物語っている。真実を見極めようとする奥村氏の中国への旅は、この問題自体を黙殺しようとする国家に対する戦いと、侵略戦争の加害者としての贖罪という二重の意味に彩られる。これまで妻にさえ語ることのなかった自らの戦争体験を明らかにすることで、彼にとっての戦争に決着をつける道を見出す奥村氏の姿は、戦争責任を省みることなく、総括することもせずに歩んで来たこの国の歪んだ像を際立たせる。
監督は、テレビ・ドキュメンタリーのディレクターとして数多くの作品を手がけ、モンテカルロ国際テレビ祭ゴールデンニンフ賞受賞などの経歴をもつ池谷薫。『延安の娘』に代表されるように、中国での取材活動を積極的に行っている。資金の一部を全国の有志からのカンパで補い完成した本作は、試写を見て感銘を受けたボランティアの活動の甲斐あって、全国各地で上映され、その波紋の輪を静かに広げている。見ることで知り、知ったことで何かが変わる。『蟻の兵隊』とは、まさにそういう映画だ。
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
第二次世界大戦後も中国に残留し共産党軍と戦い続け、政府から黙殺された日本兵がいた。当時の残留兵・奥村和一が、日中戦争が内包する闇“日本軍山西省残留問題”の真相解明に孤軍奮闘する姿を追ったドキュメンタリー。『延安の娘』の池谷薫監督作。


内容(「BOOK」データベースより)
本書では、満州事変~日中戦争~アジア太平洋戦争と続いた「十五年戦争」において、日本は一体どのように侵略戦争を遂行し、どのような戦争犯罪をおかしたのか、なぜそういうことをおこなったのか、そうしたことを事実に基づいて、その全体像をわかりやすく描く。さらにそうした日本の行為が、平和を追求する国際的努力の中でどのように扱われてきたのか、戦後の日本はそうした過ちにどのように対処してきたのか、という観点からもくわしく説明を加えている。学生、高校生、学校の教師、市民のみなさんなど多くの方々に活用していただき、日本の戦争責任問題と戦後補償の解決に少しでも役立てていただくことができれば幸いである。
内容(「MARC」データベースより)
満州事変からアジア太平洋戦争と続いた15年戦争において、日本は一体どのような侵略行為・戦争犯罪を行ったのか。その全体像を事実に基づき、図版も多用してわかりやすく描いている。〈ソフトカバー〉*

南京大虐殺

 1937年(昭和12年)12月13日、日本軍は中華民国の首都南京を占領した。この占領から占領
後にかけての約2ヶ月間にわたって続けられた捕虜や住民の虐殺、強姦、放火、略奪など一連の残虐行為を全体として南京大虐殺、あるいは南京アトロシティーズ(残虐事件)という。
 同年7月7日、中国との全面戦争に入った日本は上海ついで杭州湾から上陸し当時の首都南京に攻め込んだ。中支那方面軍(司令官松井岩根大将)指揮下の各部隊は、南京にいたる道々で虐殺・強姦・略奪をくりかえしながら進撃し、南京に流れ込んだ。
 当時、外務省東亜局長だった石射猪太郎は回想録の中で「南京アトロシティーズ」の項を設け「上海から来信、南京に於ける我軍の暴状を詳報し来る。掠奪、強姦、目もあてられぬ惨状とある。嗚呼これが皇軍か。日本国民心の頽廃であろう」と嘆かざるをえないほどだった。
 一連の残虐行為の第一にあげられるのが、中国兵捕虜の集団虐殺だった。当時の戦時国際法によって捕虜は人道的に取り扱わなければならなかったが、日本は戦争でないという理由で捕虜として扱わない方針をとった。南京戦に参加した第16師団長中島今朝吾中将の日記(12月13日の項)によると「大体捕虜はせぬ方針なれば、片端より之を片付くることとなした」として、既に1万6千3百の捕虜を「処理」=殺害し、更に7、8千を「処理する予定」と記述している。残されている日本軍の公式文書にも捕虜は処分する方針である記されており、実際に処分したことを記述したものもいくつか見つかっている。
 捕虜になった者以外では、逃げたものもあるが、逃げ遅れた中国兵は軍服を脱いで難民の中に逃げ込んだ。そこで日本軍は「便衣兵」(ゲリラ)狩りと称して、難民の中から兵士らしき者を選り分けて処刑していった。この中で一般市民も巻き添えになって殺された。武器を捨て戦意を失った兵士を法的手続きなしに処刑することは虐殺というしかない。
 第二は一般市民への残虐行為である。「便衣兵」狩りにより民間人の男子がたくさん犠牲になった。また日本兵が掠奪をおこなう際に家に残っていた家人が殺され、あるいは女性が強姦されて殺された。元兵士の手記では、面白半分に住民を殺したことがしばしば出てくる。
 南京大虐殺は軍による組織的な虐殺と荒廃した兵士たちの残虐行為が複合したものだった。
 南京大虐殺が日本で大きく注目されたのは1972年の日中国交回復の前後だった。本多勝一のルポ『中国の旅』が国民の大きな衝撃を与え、それに対し、南京大虐殺は「まぼろし」だというキャンペーンがおこなわれた。その後、1980年代に入り、教科書検定をめぐって議論が再燃した。この中で「まぼろし」を主張する論者が史料を改竄していたことが明らかになったこと、虐殺の事実を裏付ける日本軍の史料や元将兵の日記、証言が次々に発表されたため、南京大虐殺はなかったという議論は破綻した。しかしその後、虐殺された数は数千人あるいは1万数千人、4万人前後と非常に低く見積もる見解(「過小評価」説)が出されている。
 これらに対して、遺体を埋葬した諸団体の史料の分析、南京は過小評価派が言うような30万人の都市ではなく100万都市であったこと、南京防衛の中国軍は6、7万人ではなく約15万人であったこと、幕府山での捕虜虐殺だけでも2万人にのぼることなどが研究の進展によって解明されてきており、現在では十数万人から20万人が虐殺されたという見解が主流である。なお中国側は30万人が虐殺されたという見解をとっている。
 もちろん虐殺者数の評価は、南京攻略戦(防衛戦)の対象となった南京郊外を含む地域を対象にしたものであるが、上海からの一連の虐殺を入れればさらに増えることは言うまでもない。なお日本では南京大虐殺という呼び名が定着しているが、英語では南京虐殺事件であるし、戦後の一時期はレイプ・オブ・南京(南京の強姦)と呼ばれていることからもわかるように、中国の軍民に対する様々な残虐行為全体がこの事件である。
      (「キーワード日本の戦争犯罪」小田部勇次・林博史・山田朗共著 雄山閣)

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開設日: 2005/11/23(水)


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