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生死の瞬間

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生死の瞬間


今から30〜40年前、人の誕生と人の死は、何れも「自宅」というのが基本でした。

産婆(助産師)さんの手によって赤ちゃんがとりあげられ、家族は別の部屋で産声を聞き、生命の誕生を喜んだ。

また、この世を去るときもお医者さんが自宅に来られ、看取りを行い臨終が告げらる。

臨終を聞いた家族は、未だ受入れがたく夜を通して看取りを行い、回復(生き返る)を期待します。

人間の生死は、常に身近な場所で行われ、取り巻く家族も生命の誕生や死を間近で経験し、知らず知らずの

うちに、命の大切さ、命の尊さを体得していました。


今は人の生死が、病院という遠いところで行われるようになりました。

取り巻く家族などは、人の生死が身近ではなく離れたところで行われるようになり、命の大切さや尊さを知る

機会も離れてしまいました。


その影響でしょうか、最近は考えられないような事件が続いています。

命の大切さなど微塵も感じないどころか、殺してしまってもリセットすれば元に戻るような感覚を持っている

のではないかと思える人も少なくない気がします。


人の生死が病院で行われること自体を、悪だとは思いません。

そのために救われた命、落とさないで済んだ命も数多くあると思います。

大切なことは、自宅であれ病院であれ、幼いうちから「生死の瞬間」にふれることが大切であり、そのことを

通じて命の大切さを学ぶことが最も重要なことだと思います。

生死の瞬間にふれることは、人間の人格を形成する大切な要素であると考えます。

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生死の現場に立ち会うことだけでなく、教育の場からも生死の題材が少なくなっています。
どの教科に死について書かれているでしょうか?
もちろん生についても同じです。
経験もなく教育もなければ命の重みは分からないと思います。

2009/5/15(金) 午前 0:06 [ fuminori62 ]

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PALさん、ご無沙汰しております。
ご訪問、コメントありがとうございます。
確かに、教育(特に小学校)の現場でとりあげることが大事だと思います。
このままだと、日本の将来が心配です。

【感謝】

2009/5/15(金) 午前 9:49 くまもと県民葬祭

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