てつどう

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未完の器

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バンクーバー・オリンピックの花形種目、女子フィギュアスケートの勝負が決しました。
金メダルに輝いたキム・ヨナ選手の演技は、素人目にも非の打ちどころの無い見事なものでしたし、
残念ながら銀メダルに終わった浅田真央選手も、実に立派だったと思います。


ただ小生は、前回、トリノオリンピックでの 荒川静香さんの演技 が忘れられません。
総合点こそ、今大会のキム・ヨナ選手・浅田真央選手のそれには及びませんが、
演技構成とか、音楽の解釈とか・・・そういった "採点" をも超越した「何か」が
あの場所には展開されていたような気がするのです。

そこへ至るまでには、新しいルール/採点方式の下でも、着実に高い評価を得るべく、
荒川選手が、スパイラルやスピン、ステップといった、ひとつひとつの技の完成度を高めていったこと・・・
また、「競技としてのスケート」と、荒川選手が志向する「魅せるためのスケート」との間に介在する
埋まり難い溝に苦しんでいたことを、後日放映されたドキュメンタリー番組で知りました。

トリノの舞台で演じられていたのは、そんな荒川静香選手の生きざま・・・
"競技者" としての自分と決別し、ひとりの "表現者" として生きてゆく決意が
あの4分半の演技には凝縮されていたのだと思います。


   *   *   *


ここ半世紀のオリンピック・女子フィギュアスケートにおいて
2大会続けて金メダルの栄冠に輝いたスケーターは、
1984年/1988年冬季五輪・・・ 東ドイツの カタリナ・ヴィット選手しかいません。

東西冷戦が終わって、ひとりの選手の生き方が国家に束縛されることもなくなりました。
また、"プロ" としての活躍の場が広がっている昨今の状況を鑑みるに、
今後、この種目で連覇を成し遂げるスケーターは、現れないような気がします。

ただ、選手達をめぐるそういった状況は別にして
ひとりのスケーターとして、また、ひとりの女性として
最も大きな花を開かせることができるチャンスは
生涯にたった一度きりではないかと思うのです。


19歳の浅田真央さんにとって、
バンクーバー大会は、まだその時ではなかった・・・
記録にも記憶にも残るスケーターへと成熟するには、
さらに、あと4年の歳月が必要だった・・・あるいは、そういうことなのかもしれません。

もちろん、10代半ばにして、すでに高い技術を確立していた彼女が
今後さらに4年間・・・女性としての肉体の成熟と、繊細な「ジャンプ」を両立させながら
競技スケートを続けてゆくことは、極めて困難な道のりだと思います。

ただ、その困難さを乗り越えて、もし4年後のオリンピックで
再び、トリプル・アクセルという大技を成功させることができたら・・・
それは、得点を獲る「技」としてのトリプル・アクセルではなく
彼女のレーゾ=ンデートルとしてのトリプル・アクセルになるのではないか?
そんな気がしてなりません。

.

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閉じる コメント(14)

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僕は芸術というものが人の心を打つものだとしたら、その感動は人間の真実の生き方に自分自身が共感できていなければならないものだと思います。例えそれが失敗に終わったものだとしても。
今回の浅田真央選手の競技後に見せた涙、僕は胸が苦しくなるほどそれを美しいと感じました。

2010/2/26(金) 午後 11:13 [ ken ] 返信する

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ken さん> フィギュアスケートも「スポーツ/競技」ですから
客観的な採点基準が導入され、演技が細分化された上で評価されるのは、
必然的・かつ合理的なことだと思います。

ただ、人が創造する「芸術」を点数化することの困難さ(不可能性)には、
採点する側も、また観る側も 常に留意しておくべきだと思います

4年に1回しか許されない機会・・・
しかもそれが、人生のほとんど全てを賭けた「作品」であれば、尚更のことでしょう

2010/2/27(土) 午前 0:59 kiha58_1523 返信する

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トリノの荒川さんは、陳腐な言い方をすれば「オーラが出ていた」と思います。直前の公式練習の姿を見たときに、ごく自然に「この人が金をとるかも・・・」って思いましたから。
今回はそうした選手はいませんでしした。キム・ヨナさんが素晴らしい演技なのは間違いないですが、心を打つ演技ではなかったというのが私の感想です。「チームキム・ヨナ」の総合力の勝利ではないかと。とくにSPの構成は見事というほかないです。
今の採点方式は公平・公正な点で合理的なものになったと私も思います。
で、それを超える、見る者を圧倒するような記憶に残る演技を浅田さんには目指して欲しいです。

それにしても二人だけもの凄い次元でスケートをしていますね。4年後には長洲さんあたりが割ってはいると楽しくなりそうだと今回思いました。

とても価値のある銀メダル、おめでとうと言いたいです。

2010/2/27(土) 午前 7:03 [ hir*23o*ubo ] 返信する

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「バンクーバー大会は、まだその時ではなかった・・・」もやもやがすっきりしました。キム・ヨナ選手の演技は19歳とは信じられない艶がありました。フィギアは「競技」であることと「芸術」が重なる部分があって、単に勝ち負けではないのでは思いました。マスコミが勝負を強調してナショナリズムを煽るのは正直、見苦しくイヤになってました。彼女のアスリ−トととしての成長とア−ティストとしての成長を願ってやみませんでした。

この写真、バカラですね。静けさを感じる良い写真です♪

2010/2/27(土) 午後 5:00 toripagon 返信する

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らちあにさん> 現行の採点方式の下で、どうすれば最も高い得点を、確実に獲ることができるか? ・・・キム・ヨナ選手の陣営は、そこに精力を傾けていたような気がします。

勿論、キム・ヨナ選手の妖艶な身のこなしは、他の誰にも真似できないものだと思いますし、個々の技術を体得するために、大変な努力をされたことは間違いないのですが、「点取り合戦の勝者」という印象をどうしても拭えないのは、皮肉な感じがします。

2010/2/27(土) 午後 9:53 kiha58_1523 返信する

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採点方式についても、まだ試行錯誤の段階にあるようで、
今大会に関しては、「高難度のジャンプに対する評価点が低いのではないか?」
といった異議が、男女共に唱えられています。
「スポーツ競技」としてのパフォーマンスと、「身体表現」としての芸術性
両者の均衡点を何処に置くか?…これも結局、恣意的な判断に委ねられてしまうのでしょうけれど、「若い選手達の将来」を考えた時、身体に負担の大きな「ジャンプ偏重」に傾くことは、あまり望ましくないのではないかと、小生は考える次第です。

勝負から一夜明けて、浅田真央選手は、4年後の五輪を目指す意向を表明していました。
おそらく最後になるであろうソチ・オリンピックで、一番大きな花を咲かせてほしいと、
願わずにはいられません。

2010/2/27(土) 午後 9:53 kiha58_1523 返信する

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Haru さん> 小生もナショナリズムに煽られるのは好きではないのですが、
女子フィギュアスケートという種目において、伊藤みどりさん、荒川静香さんに続く、
3人目のオリンピック・メダリストがこの国から誕生したことは
大いに祝福されて然るべきことだと思います。

真央さんは まだ19歳の未成年・・・ということで、お酒ではありません。お水です(笑

2010/2/27(土) 午後 9:58 kiha58_1523 返信する

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私は,拒食症から復活した鈴木明子さんの演技に心を打たれました。
オリンピックの場でスケートが出来る喜びが強く伝わってきた思いです。荒川静香さんのある種「神がかった」演技に近かったのは,彼女だったかもしれません。
全体の流れを美しくまとめるために,ポイントにはならないイナバウアーを入れたことは教訓かと思います。

2010/3/1(月) 午前 1:54 クマ&ノコ 返信する

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オリンピックについては語る言葉を持ちませんが、
このグラスの写真は、光と影のバランスが美しいと思います。

どんな結果であれ、それを原因とする“次の結果”が好ましいものであると良いですね。
芸術とは…終わりなき旅だ(笑)

2010/3/1(月) 午前 8:03 けんいち 返信する

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"競技者" としての自分と決別し、ひとりの "表現者" として生きてゆく決意。
あの4分半の演技には凝縮されていた…
そう感じられるほどに、落ち着きと自信に満ちた輝きがあの時のスケーティングにはありました。

今回の19歳のスケーター達の戦い。
技術では浅田選手の方が高い所に達していたと思います。
審判たちの「採点」という不確定なものによって決まる勝敗…
「採点基準」が全てを決定します。

今回の「基準」ではキム選手の方が上でしたが、
銀メダルであったが故に、浅田選手のフリースケーティングは多くの人たちに
忘れられない「演技」として、より深く心に刻まれました。

荒川さんが初めて五輪に出場したのは長野の時。それから8年の歳月を経て
彼女は「金メダル」に到達しました。
浅田選手もこれからの4年、道のりは平坦ではないと思いますが、
きっと進化を続けていくと思います。

2010/3/1(月) 午後 8:16 alf's mom 返信する

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けんいちさん> 高い技術とセンス・そして独創的なアイデアの上に成り立っていると思われる写真が、必ずしも、観る人の心に深い印象を刻むとは限らないようです。

2010/3/2(火) 午前 1:31 kiha58_1523 返信する

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alfmom さん> 採点に政治的な力学が働いたのではないか?とか
「芸術性」と「技術」の評価バランスは適切だったのか? との批判もあるようですが
そういった議論は、なにも今大会に始まったことではないようで
この種の競技では、永遠に着地点をみることはないのかもしれません。

ただトータルでみたときに、今大会のキム・ヨナ選手の演技の完成度は
浅田真央選手のそれを上回っていたことは、確かであるような気がします。

ですが、「トリプル・アクセル」という、非常に難しい技を
4分半に2度も挑み、そして見事に成功させた浅田選手の演技は
「銀メダル」という結果以上に、スケート関係者や、目の肥えたファン
そして多くの人々に深い印象を刻んだこと・・・これもまた、確かなことだと思います。

2010/3/2(火) 午前 1:33 kiha58_1523 返信する

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浅田選手が歩み出そうとしている今後の4年間は、
これまでの4年間より、一層苦しくて険しいものになると思われます。

ただ、その険しさを乗り越え、誰よりも強くて美しいスケーターとして、
再びオリンピックの舞台に立ってほしい・・・実に勝手な思い入れですが、
彼女ならば、それを実現してくれそうな気がします。

2010/3/2(火) 午前 1:35 kiha58_1523 返信する

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クマ&ノコさん>

厳密な体重管理が必須で、尚且つ、絶えず周囲からの視線や評価に晒されている
例えば 女子のフィギュアスケートや体操といった競技に取り組む選手達は
拒食症や過食症(摂食障害)のリスクと、常に隣り合わせであるような気がします
比較的豊かな社会の中で生きる10代後半の女性達に
見方によっては、極めて非生理的な節制を強いるこのようなスポーツの
残酷な側面を思わずにはいられません。

それだけに、周囲からの心身両面のサポートや
そして何より、選手本人の強靭な克己心が無ければ
あのような舞台に立つことはできないのかもしれません。

演技の全てを点数化しようとする風潮の中で、
要素としては点数にカウントされない「イナバウアー」という技を織り込んだことは
荒川選手なりの静かな抗議であり、譲れない主張でもあったのだと思います。

2010/3/2(火) 午前 1:37 kiha58_1523 返信する

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