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闘病生活もイヤになっていると、こんなヤツいなくてもいいんじゃないかと思うことが多々ある。そんなとき「元気ないじゃないか」とか気にかけてくれる仲間がいる。そして励ましてくれる仲間がいる。何とも嬉しい限りだ。
 
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話は飛ぶけど、仲間というか人脈で社会を動かした人物に坂本竜馬という男がいる。
 亡くなった(非業の死を遂げた)日=誕生日(1115日)というのは珍しい。「Teamまげでらんに」のKikuman師は坂本竜馬と誕生日が同じであると喜ぶほどだ。
 そんな日本史上もっとも愛された英雄であり、高知県で竜馬の悪口なんぞうっかり口に出したものは無事で四国を出ることは出来ぬ、とまでいわれた男である。
もちろんききょうやも学生の時に『竜馬がゆく』を読んで以来の熱烈なファンである。その人物的な大きさ、人柄を愛し、「こういう漢(おとこ)になりたい」と熱に浮かされ、坂本竜馬の墓参りを新婚旅行のルートに入れて家人から罵倒された。(_-;)ハア…

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『お〜い!竜馬』(武田鉄矢 小山ゆう 小学館)

これも先輩が置いていってくれたものである。これについても「マンガ喫茶」(当時、インターネットカフェだったかどうかなんて覚えていない)で読んだ記憶がある。
今回も高熱でうなされながら読んだが、困ったのが汗である。搾れるほどのという形容は現実の状況となった。そんななか読んですぐに読むのを止めたが、坂本竜馬という男については書かねばならぬなあと思う。
それは、ききょうやは最近この男の実在性を疑っているからである。もちろん坂本竜馬直柔という高知出身のサムライはいたことに間違いはないだろう。ただ、我々が知っている愛すべき「坂本竜馬という男」は本当にこの世にいたのだろうか。この武田鉄矢の『お〜い!竜馬』のような本を読むと余計その実在性を疑ってしまう。ワタシなどは坂本竜馬について語られた本を読むとつい、「うん、竜馬らしい」とか「いやあ、竜馬らしくねえなあ」と読んでしまう。竜馬に会ったこともない人間が、である。
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そてには基準があるのだ、何を基準にしているかというと『竜馬がゆく』(司馬遼太郎 文春文庫)がそれである。竜馬本を書いた人で「司馬竜馬」を手本にしなかった人はいないだろう。それほどまでに『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)は日本人に浸透している。つまり我々が知っている坂本竜馬という男は「司馬竜馬」を指しているのではないのだろうか。
この『お〜い!竜馬』(武田鉄矢 小山ゆう)を見ていて、「これなら俺だって書ける。『竜馬がゆく』のまる写しだけど」という感想を持った人は多いことだろう。それほど、「司馬竜馬」をネタに武田鉄矢は「坂本竜馬」を描いている。しかし、不思議と苦情はなかったらしい。
 
さて、今やわれわれは歴史に実在した「坂本竜馬」に坂本竜馬の実物を見ようとは思わない。
『竜馬がゆく』は19621966(昭和37年〜昭和41)年、いわゆる高度成長期に産経新聞に連載された。そこに人々は、巨大な組織をまとめつなぎ合わせていこうとする1人の風雲児を見る。家柄から生まれる人脈ではなく、自らの人間性だけで得た人脈で、社会を変えていこうとする男がそこにいた。薩長という2大雄藩をバックに持たず、たった1人で社会に向かっていこうとする32歳の若者に気持ちを寄せぬものなどいなかっただろう。その「司馬竜馬」を我々は愛しているのである。

 坂本竜馬という男が好きだし、これからも『竜馬がゆく』を読み直していくことがあるかもしれない。しかし『お〜い!竜馬』を含めて、そのほかの「竜馬本」をバイブルとして読むことはあるまい。『竜馬がゆく』に一歩足を踏み入れると、永遠の青春「坂本(司馬)竜馬」が我々を迎えてくれるのだから。

 高知人西原理恵子が、「すばらしいのは坂本竜馬の方ではない、司馬遼太郎の方だ」と看破している。NHK「竜馬伝」全盛の頃である。冷静でいる高知人は偉いと思う。

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どんどんと治療が進み、高熱が出て、汗もガンガンかいている。
やっと起き出してみると、自分を取り巻くネット状況でなにかよからぬことがあったそうだ。故意犯なのか、違うのか、あえてそういう人を傷つけるような言動があったようだ。イヤな世の中だ。

自分でも攻撃的な内容のことを書いていたりするが、誰かが傷ついていたりしていたら申し訳ないと思う。プライバシーの問題も含めて、早速対処しますので、もしそんなことがあるならお知らせ下さい。
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『玄米せんせいの弁当箱』(魚戸おさむ 北原雅紀 小学館)

学生時代の先輩が「暇だろうから」と持ってきてくれた。読んだことはあるのだが、先輩の手前そうもいえず有り難くお借りした。

料理マンガなのに勝負しないという、珍しい料理マンガであった。(- -)
というか、料理はマンガでも非常に好きな分野なんだが、青少年向けは、なぜかほとんど勝負するんだな。それも不思議だが…… (;^_^A アセアセ・・

そんで、以前は、読んでみて、「玄米せんせい」ではなく「幕内センセイ」のような感じだったので、さくさく読み飛ばして終わっていた。
まあそんなことで今回改めて読んでみたら、本家の幕内管理栄養士より、こっちの方がおもしろい。
 
都市部の大学、國木田大学に「結城玄米」という男が非常勤講師としてやってきた。そして「食文化」の講義を通して日本の食について考えていくのだが、幕内センセイともっとも大きな違いを一つあげると「国粋主義」という概念がないこと。

 例えば「基本的に、我々日本人の体には和食が合っているからマイナスに働くことはほとんどないんだ」というセリフがあったとすると、これまでの料理本などはそのあとには必ず「だから、昔の日本の食生活は豊かだった」という懐古主義が出てくる。別に日本でなくったって違う国でもイイと思うのだが……

 このとき、幕内センセイは「ごはん」がキーワードだったし、若杉ばあちゃんは「玄米菜食」をきっかけにして「昔の日本の食文化の優位性」を説いていく。でも、『玄米せんせい』にはそれがない。(@^^@) ワーイ 
 
 ワタシは和食が嫌いなわけではなく、むしろ好きだ。いまやっている、エセベジタリアン的な生活が合っている。健康な食事、安全な食事が嫌いなわけがない。あの根拠のない日本第一の国粋主義がイヤなだけなのだ。
 
このマンガは全10巻出ており、一応最後まで読んだことは上で書いた。今回まあゆっくりと読んでいたが、高熱でうとうとしながらなので、結局流し読みである。(;^_^A  
4巻しか持ってきてくれなかったのでそこで終わるが、4巻に「お乳を作る食事」というのがあった。
母乳は出るのだが、赤ん坊が飲んでくれない、というものだ。なぜだろう?!
結論は母親の母乳がおいしくないから、赤ん坊が飲まない、ということになった。
ではおいしい母乳を出す理想の食事とはどんなものなのだろうか。
 
内容が「低カロリーであっさりした和食。日本人が昔から食べ慣れてきたものばかり。中でも昭和30年代の食事が理想なのよね」と助産婦さんが言う。やはり行き着く先はそうなるなあ…… 年代的にその時代がもっとも輝かしい時代であったと「錯覚」してしまうのだろう。イヤ、本当にそうなのかもしれないけどね。そしてそれでイイと思う。前回の病気ブログでも「三丁目の夕陽」の時代が黄金期だった、と結論づけたし。
 
5巻になり、このあと『玄米せんせいの弁当箱』は確か給食の話題になったと思う。そしてそのとき、作中で使われたテキストが幕内秀夫氏の『変な給食』(幕内秀夫 ブックマン)だった。
給食は変であることに決まっているので、 (_@;)☆\(-´メ) 流し読みしたときも、別に感動を覚えなかったが、その給食そのものを作っているのが、管理栄養士たち(幕内管理栄養士も含まれる?!)であることを考えると、自分で変えりゃあいいじゃないのかなぁ、とあっさりと納得。
 
いずれにせよ、この手の本の結末にありがちな「尻切れトンボ」で終わっていく(確かどこかの山奥に畑を借りて無農薬農業をする、というもの。これじゃあ、外国へ修行に行くなんてのと同じだ)ので、4巻の辺が止めドキと思う。タブレットでも内容を追加しないと思う。(といいながら、書いています。日本語として変なところ多いし)

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始まりはいつも朝

朝が来てそこいら中で、イベントが行われていて大変喜ばしい限りである。
233839℃なんていう高熱が出ていた。イヤなところは、全く自覚症状がないというか、つらくないところである。熱には変に強いたちで、じっとしているぶんにはほとんど影響がない。しかし、それが原因不明で続いているということはゆゆしき問題である。そのため、夜中悶々としていた。


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 昔『じゃりン子チエ』(はるき悦巳 双葉社)というマンガで、ヤクザの組に押し込もうとしたチエとおばあはんが、屋台のラーメン屋でラーメンを食べながら言うセリフ。

「『不幸』は、暗い、寒い、ひもじいからはじまって3つそろうと『死にたい』になりますのや」


そして、どっかで読んだ言葉

「孤独な暗闇に不安のタネを蒔くと絶望の花が咲く」とかなんとか。

この手の言葉はあまり好きでないので、心に残る言葉なんてのはほとんど覚えていない。

とりあえず朝が来て、今日1日は間違いなく始まっていく。このまま「おはよう!がんばっぺね!」と始まる1日が。まったくシニカルに感じてるわけではなく、素直に生きていこうと思う。

 朝、なにかしら書いておくと1日いろいろ書き加えることが出来ることに気づく。「文献的に……」なんていうと訂正はまずいんだけど、単なる50オヤジの繰り言である。前言撤回はお許し願いたい。どうせ大したことではない。いずれにせよ、朝から書く話題じゃあねえな。
  
  早速修正!高熱が続くと、がん細胞が死ぬ、らしいです。
  物事はいい方向に考え、水枕で「熱か下がらん」というのを治療だぞ、に置き換えてのんびりねます。d(⌒ー⌒)!

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二本松では「MTささもり」が行われ、ぎりで雨が降らなかったようだ。会津は午後から強い雨。こっちゃたまに降った方がいい。梅雨だし。

いわゆるハウツー本というヤツが苦手である。ちゃんと読めば人生にとって有り難いお話がつまっているのかもしれないが、受け止める当方にそれなりの品格が伴っていないらしく「できっこないね」とすぐに投げ出すからか。
フィクションでも似たようなものではあるが、こちらは「何となくトクした」感があってうれしい。(- -)
 
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『本日は、お日柄もよく』(原田マハ 徳間文庫)

スピーチの仕方本って感じの内容なのだが、著者が原田マハなのでまずまず読める。原田マハは『楽園のカンヴァス』 がよい当たり方だったので続けて読んでいる。

OLのこと葉は幼なじみの厚志の結婚披露宴で来賓のスピーチがあまりにも眠気を誘うため、おもわずスープ皿に顔をつっこんでしまう。そしてその場に居合わせた幻のスピーチライター久美に誘われ、スピーチ作りの仕事に入っていく。

……で、よいスピーチとは、とか、聞いている人の引きつけ方なんてエピソードが入ってきて、中盤となる。

「厚志の演説原稿を書いてくれないか」と政治のスピーチ作りに話が進む。
そうして小泉元首相らしき人が出てきたり、後期高齢者医療制度への意見が出てきたりと、小説なのかそうでないのか、話はゆらゆらと進んでいく。
 
著者の原田マハは、前に読んだ 『キネマの神様』 では映画についてかたり、『楽園のカンヴァス』はキュレーターだった履歴を生かしたウンチクを披露している。
調べたものを生かすタイプの小説家なのかもしれぬ。

さて、ワタシ的には今回の『本日は、お日柄もよく』はいまいち。
30代の上昇志向のサラリーマンなら読むところが多いかな。

たとえば「語尾のばし」は「絶対やってはいけない悪癖」とある。
「えー、ただいまご紹介にあずかりました、あー、○○の池田でございます」
なんてのは、「あー」とか「えー」とかいう「語尾のばし」に、たった今司会者から名前を紹介されたんだから言わなくてもいい名前を繰り返している二重の減点である、という。

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そういえば「あーうー大臣、大平正芳」なんて総理もいましたね。
彼なんかは「語尾のばし」でむちゃくちゃ損をした組に入るんじゃないのかな。でもこの風貌だからそれもよかったのかな。ホントはものすごく切れる人らしいという話を聞いたことがある。よくわからんが。

あ、630日で最後の日ですが、「ききょうやノオト」は「今月の決算」はおこないませんです、はい。あまり気にせんといてください。

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「あの壁の葉っぱが落ちたら私は死ぬの」
と少女は窓の外を指さした。
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その夜は嵐だった。しかし、葉は落ちなかった。それは貧しい絵描きの老人が描いた絵だったのだ。

オー・ヘンリーの『最後の一葉』である。
悲しくて悲しくていい話だ。貧しい絵描きの老人は嵐の夜に絵を描いてそれが元で亡くなってしまう。それもまた悲しい。


このあいだ「まげでらんに手帳」の色違いが欲しいなんていってたら、まげでらんに用心棒YUNOくんが「ゆずりますよ」と言ってくれた。
感謝感謝で届いた手帳を見ると、見事なレッドである。

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実はまだまだブラックを使い終えるまでは数ヶ月かかる。これを書き終えた上で、レッドを使い始めると終わるまで数年はゆうにかかるだろう。単なる治療や診察の記録として書き始めたのだが、「MRIいつとったっけ?」なんていうのを1冊にまとめておくと、ぱっと調べるときに楽なのである。

というわけで、オー・ヘンリーではないが、まだまだしばらくは使い倒すだろうね。手帳の製作プロデューサー・ヨッシーさんにも次作を考えていただいて、黒まげ手帳がいっぱいになったら、次は赤まげ手帳を愛用いたします。
いちおう、ニュー・ギアのはなし、でした。(@^^@)

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