村上龍『希望の国のエクソダス』(2000年 文藝春秋)
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村上龍『希望の国のエクソダス』(2000年 文藝春秋) 村上龍が1997年ごろ「今すぐにでもできる教育改革の方法は?」という質問を読者がつくるインターネットの掲示板でしたそうだ。彼の正解は「今すぐに数十万人を超える集団不登校が起こること」であったが、読者たちには不評であったという。しかし、それがきっかけで村上は中学生の集団不登校をモチーフにこの小説を書くことにしたのだという。2000年の時点での近未来の物語だが、経済に強い興味を持ちながら同時代の本質を活写するこの人ならではの世界が楽しめる。 さて作中の小さなエピソードだが、取材記者の関口が文部省(当時のまま)の役人の山方に嫉妬を感じ、その嫉妬の感情から自己嫌悪に陥る。しかし、そんなことはだれにでもある感情だから気にすることはないと恋人の由美子に言われるが、そこで今日的で面白い解説が付く。 [アメリカ型競争社会を導入するということは、共同体からの無条件の庇護が失われるということなのかも知れない。近代化のためのという国民的なインセンティブがなくなって、日本人は庇護し庇護されるという関係性を放棄しようとしている。それは経済が要求することで、つまり不可逆な歴史であり現実だから、どんなに嘆いても昔に戻ることはできない。大前提的な庇護を失い、個人が個人として生きるようになるという概念をまだ日本人は持つことできないでいるが、共同体と個人の関係性だけはなし崩し的にすでに変わりつつある。誰かに何かをしてあげたい、だれかに何かをしてあげる存在になりたいという思いが、どれだけ普遍的で、切実なものかをこれから日本人は思い知るようになると思う。競争社会では、嫉妬や自己嫌悪が人間の当たり前の感情だということがよりはっきりするだろう。] 嫉妬や自己嫌悪に私も悩まされるほうだが、若いころに比べて多くなっているし、僻地にいたときよりニュータウンで暮らし始めてから、ひどくなっている気がする。[ある個人や集団を庇護したり、あるいは庇護されたりして信頼関係を築いていくというのは本来とても贅沢なことだ]、上では引用しなかったが、由美子の解説はこのセンテンスで始まる。私は、この希少になりつつある関係性の幸いを自分が住む地域での教会づくりに生かしたいと思う。
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rGV0V886
久しぶりwww
元気してんのか?
俺は相変わらず、美味しい思いさせてもらいまくってるぜwww
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2012/4/5(木) 午前 2:59 [ おっすww ]