永遠のゼロ
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本日、永遠のゼロの話になった。
百田尚樹の本。
面白いけど、好きじゃない。
というのも、浅田次郎の壬生義士伝と内容と構成が似ているから。
幕末を太平洋戦争に変えただけのように思える。
インタビュー形式で進むのも同じ。
対象となる人物が、
最初は卑怯者っぽく書かれていて、
実は人間味豊かだとわかる構成も同じ。
対象が、なぜ卑怯に思える行動をしたかの
理由が家族というところも一緒。
もちろん、永遠のゼロが決して面白くないとは思わない。
なんか、すごく考えさせられてしまった。
オレが浅田次郎だったら、
永遠のゼロを読んだら激怒するだろうな
と思う。
パクったという証拠はない。
けど、証拠がないのとむかつくのはまた別問題だ。
※
発行年月日が
壬生義士伝2000年
永遠のゼロ2009年
※
たとえば構成が似ているでいえば、
三浦しをん「神去村なあなあ」(2009年発行)と
中場利一「走らんかい」(2010年発行)がある。
都会の人間が、村や街に住んで自分らしさを取り戻す。
そして、その過程で祭りが重要な役割を果たす。
が、こちらはどっちがどっちのパクリという話は絶対でないだろう。
それぐらいカラーと雰囲気が違う。
昔ながらの祭で主人公が成長するという話をつくるとしたら
この構成以外にはないだろう。
とはいうものの、オレも書いた小説が
ある小説と酷似しているんじゃないかと思っている。
読んでないからわからないが。
理由は取り上げたスポーツのジャンル、
類型的なストーリー、
舞台になっている地方
が同じだから。
(オレのは、類型的な話とはオチは違うけどね)
というか、その本は怖くて読めない。
こういうとき、どうすればいいのだろう。
結局は早く書いたもの勝ちなのだろう。
遅く書いた人間は負けなのだ。
そういう意味ではオレはすでに負けているし
百田尚樹も負けているのだろう。
まあ、インタビュー形式で話が進むのは、
芥川龍之介の藪の中が最初らしい。
一度はチャレンジしてみたい構成ではある。
そのときは、とりあえず幕末と太平洋戦争と親子愛は削除しなければいけない。 |






