旅庵日記

親子そろって今頃『銀魂』にハマる。長女の神楽ちゃん口調が止まらない。

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霊亀山天龍資聖禅寺(京都市右京区) その1

長い名称ですが、平たく言うと嵐山の天龍寺です。

創建は暦応2年(1339)と、京都では割と新しい方でしょうか。後醍醐天皇の菩提を弔うために、足利尊氏が夢窓疎石を招いて開山。
寺院建築の資金調達のため「天龍寺船」を使い元との貿易を進言したのは有名な話。

その後幾度も火災に遭い、現在の建物の大半は明治時代のものだそうです。


天龍寺って言うと、昔からどこか入る度にお金を取られるってイメージがあって、なかなか参詣する事がありませんでした。

今回は、ほぼ初めて状態の参詣です。




場所はこちらになります。


詳しい地図で見る



それでは、参りましょう。





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嵐山と言えば、桂川にかかる渡月橋。

嵐山に来るなんて、高校生の時以来だから20年以上前。
近くにあった嵐山美術館が好き(あそこの膨大な刀剣と甲冑の展示がたまらなく好きでした)で、よく通ってました。
いつの間にか閉鎖されてたんですね。残念です。


久しぶりに来たせいか、渡月橋や嵐山駅前も前よりきれいになった気がします。





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天龍寺の総門に到着。この時点で凄い人だかり。

中に入りましょう。




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すぐ傍には勅使門が。良い建物なんですが、眼前が駐車場となっており、少し寂しい感じです。




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塔頭の壁を見ると、福岡の寺院で見た博多塀みたいな感じ。




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庫裏に到着しました。中に入りましょう。
庭園込みで600円です。





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書院の中です。落ち着きますね。

このまま多宝殿に向かいます。





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こちらの多宝殿は書院などに較べると、明るい感じの造りです。





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書院と多宝殿をつなぐ渡り廊下。趣のある「水月」の文字が。
この渡り廊下の柱の割れ具合もすごいですね。


次は、方丈に向かいます。


続きはまた後ほど。



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エヴァンゲリオン展 in 宮崎アートセンター

ギリギリで何とか行く事ができました。

秋に上映する劇場版のタイアップというのもあるんでしょうね。

これは宮崎限定の特別展なのでしょうか?




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エレベーターでは、貞本原画がお出迎え。
エレベーター内では、ミサトさんが展示の宣伝が流れております。




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大人と変わらない大きさのエヴァ初号機。
傍らには、ほぼ同じ大きさのロンギヌスの槍が。





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衣装。ペラペラ感のない、良い造りしてます。





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上には劇場版の使徒が。何号でしたっけ?




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イベント限定で、プリウスのエヴァ初号機バージョンがありました。


他にも、企画書やセル画、第3新東京市の模型、これまでに発売されたグッズ(三鷹市のポスターとかも)なんかもありました。


考えたら、放送が始まって約20年なんですね。

放送当時、ヲタ友から勧められてLDを買ったのが始まり。
結局LDは限定版のボックスごと買いましたし、CDもAir辺りまでは買いました。

今秋にまた上映されますけど、本当に決着がつくのでしょうか?
あんまり引っ張りすぎのような気もしますけど。



あと、展示については、欲を言うと、Hobby Japan辺りで登場した作例なんかも出してくれるとうれしいかな、と思うんですが。

これをアートというのは良いのかどうかわからないのですが、アニメ極寒地帯の宮崎でこういった特別展をするのは、非常に大きな意義だと思います。

先日京都でやってた絵師100人展みたいなのしてくれないかな?



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今日の居合稽古

先週の昇段審査後、初めての稽古。

先日の講習会で15年休んでたツケを再確認。

制定居合ってけっこう変わってたんですね。

◎2本目「後ろ」
昔は、右膝を左膝に寄せながら腰を上げ、後ろを振り返っていたのですが、今は、右膝を動かさなくてもいいとか。
仮想敵も自分の真後ろかと思いきや、真後ろより少しずれているとか。

◎6本目「諸手突き」
前後斬りで後ろを振り返る時、刀は突いた・斬った形で止め、右足を送りながら振りかぶって切り落とすと習ってましたが、今は両足の爪先でくるんと振り返ったと同時に刀も振り上げているとか。

◎8本目「顔面当て」
これも以前は自分の真正面と真後ろと教えてもらいましたが、今は後ろの仮想敵は真後ろよりややずれているとか。

◎9本目「添え手突き」
昔は2歩目の左足爪先が斜め左を向いて抜いていたが、いつの間にか3歩目になっていた。

大体こんなところでしょうか。
前後斬りがどうにも「これでいいのか?」と思いながらも、そう教えていただいた以上はマスターしないと。

今のところ体が昔の型に馴染んで全然言う事を聞かず。

昔に較べると、制定居合の設定がずいぶんと細かくなったような気がします。昔は「格好良いからこんな形で!」とか言われた事ありますし。
世の中だいぶ変わったんですね。


それと、気になる事も1つ。

それは制定居合での納刀の方法。

学生の頃はどう教えてもらったのかわかりませんが、今は刀を縦にして、刀を差している方向に納めるやり方です(ちょっと日居連が入ってるかもしれません)。

これを普通にやってたら、とある方が
「英信流みたいな納刀ですね。何流ですか?」
「○○流(大きな声を出す流派)ですが。」
「どういう納刀をするんですか?」
「まあ、基本横納刀ですね。」
「じゃあ、やってる古流の納刀をして下さい。」
「は?」

20年近くやってましたけど、制定居合の納刀を古流に即してやってくれなんて初めて言われました。


神伝流の方を見ると大体横納刀ですが、私が習っている流派は、(あやふやですが)太刀の使い様としての横納刀。当然体もやや半身ですし、それを制定で使えと言われても、打ち刀使いが基本の制定でやるのはどうなのでしょう?

私はまあ良いとして、他の流派だったらどうなのか?
神道無念流の、斎藤派か鈴木派かどちらか忘れましたが、左肩に刀を担いで逆手納刀ですし(もう片方の派は横納刀でした)、関口流も立身流も逆手納刀。



どうにもこれだけが腑に落ちず、私が通っている道場の先生に尋ねてみたところ、「制定に古流を混ぜるのはおかしい」との事。

その前に私の納刀が英信流みたいと言われた事にビックリ。
私が以前教えてもらった英信流の納刀は、柄頭を目一杯正面に向け、鞘引きを活かした納刀。
一応は古流と制定は分けてるつもりなんですが。


昔は、とにかく制定と古流は絶対に混ぜないというのを徹底的に教え込まれていたのですが、今はそういう風になってるんでしょうかねえ。



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虚空蔵法輪寺(京都市西京区)

さて、松尾大社の次は、1つ先にある法輪寺です。

以前から気にはなっていたのですが、参詣したのは初めてです。

元々松尾大社と同じく秦氏により信仰されていたそうですが、今に至る起源となったのは、奈良時代に行基により建てられた「木上山葛井寺」だそうです。

その後平安時代半ばに「法輪寺」と改められ、空也上人をはじめとする様々な僧侶が入り、堂塔が整備されたそうですが、応仁の乱で焼失、江戸時代初期に加賀前田家の帰依により復興したものの、幕末の蛤御門の変で再び焼失したそうです。

現在の堂塔は、明治中期から大正初期にかけて復興されたものだそうです。

場所はこちらになります。



詳しい地図で見る



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まずは正門。

何の因果か、参詣したのはちょうど十三参りの日。
したがって、人と車がごった返してました。明らかに場違いな私。

長い参道を登ると、


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本堂です。




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多宝塔です。古いと思ってたら、案外新しいんですね。でも、良い風合いです。


ここはひときわ高いので、周りの景色もよく見えます。





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天龍寺方面を眺めます。




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雙ヶ岡方面を眺めます。






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昇段審査は疲れました

全剣連の居合をとある理由(何で止めたのかは結局思い出せない)で止めて、何年経ったっけ。

三段取ったのが平成8年、たぶんそれ以降行方をくらましたから、あしかけ15年てところでしょうか。

気づいたら、先輩や後輩がみんなどえらい雲の上の段にいました。


で、結局、昔やってたのが忘れられなくて、近所に昔少しなじみだった方が道場をやってたので、今年の1月から復帰し、そこでお世話になる事に。



んでもって、昨日・今日と講習会&昇段審査でした。

こんな居合したの何年ぶりだ?たぶん20年ぶり。

体力の衰えにより、足がガクガク。

おまけに、行方くらましてる間に制定居合がえらい変わってるし。2本も増えてるし。

それを知ったのは昨日。そして今日、四段の昇段審査。


指定技は、「受け流し」「柄当て」「顔面当て」「四方切り」って。何で当て技2本・突き技3本?偏ってね?

幸い昔からあまり変化のない指定技だったのがラッキーでしたが、我ながら無茶なこってす。


ま、結果は合格したから良かったんすけど。

審査前に訓示があったけど、この県も昇段について色々外部から言われてるなんて初耳。先生方も立場的に難しいのかも。

結果は全員合格だったし。確かに、外部から見るとあり得ないかも(私が初段受かった時は合格率50%切ってたし)。

でも、さらにがんばって欲しいって気もあるんだと思う。昇段受審料だって決して安い金額じゃないし(かなり懐が痛い)。

あとは、本人が気づくかどうかの世界でしょう。


自分も早く気づかないと。


昨日・今日と、本にも載ってる範士の先生が講師でした。
指導を受けるなんてずいぶん久しぶり。個別に何回も指導が受けられたので、かなりラッキーでした。






ところで、

この2日間、昔試合場とかで顔を合わせた先生方に会ったんですが、

「また始めたんね、良かった良かった。試合で負けてハラケてこんごなったかと思っちょったわ〜。」
(試合で負けて怒って来なくなってしまった、という意味です)

と言われてばっかり。


私、そんなに評判悪かったの?復帰してうれしく思われてるのはわかるんだけど、なんで試合負けて怒らにゃならんのだ?
学生の時から勝ち数より負け数の方が多いからなれてるよ、そんなの。



思うに、若い頃、よっぽど不機嫌な顔してたんだな、きっと。
確かに、何の自信なのか(孤独感の方が大きかったような気もするが)、「指導なんか受けないよ」みたいな態度だったみたいだし。


若いってのは、恐いこってす。

我ながら恥ずかしい限りです。


てなことで、今年からは、柔術と全剣連居合の二股です。


とりあえず、6月には15年ぶりの居合の試合があるので、笑われないようにがんばらないと。

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