清水山観世音寺(福岡県太宰府市) その2
続いて参りましょう。
金堂の左手にあるのが、講堂です。
現在の講堂は、元禄元年(1688)、福岡藩主黒田光之や博多の豪商天王寺屋浦了夢らが尽力して再建されたものです。
講堂の横及び裏には、創建時の講堂の礎石が残ります。かつての講堂は、現在の2.5倍もあったようですが、惜しくも康平7年(1064)に焼失しました。
金堂の向かい側には、かつてあった五重塔の心礎が残っています。
塔そのものは講堂と同じく康平7年に焼失しました。
金堂と塔が向かい合った伽藍形式は、飛鳥の川原寺式の系統を引きながら独特の「観世音寺式」と呼ばれています。
続いて鐘楼です。
建物自体は昭和20年代の修復事業で建てられたものですが、中には、京都の妙心寺の鐘と兄弟といわれる、白鳳時代に作られた日本最古の梵鐘が下がっています。
こちの正倉院風の建物は、観世音寺の仏像や宝物を納めた宝蔵です。
建物は新しいですが、かつて講堂に安置されていた不空羂索観音立像など、京都や奈良に比肩しうる仏像群が納められています。
九州第一の仏教美術の殿堂と言われているのも頷けます。
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