北九州の戦跡
防空監視哨
「防空法」
中国での戦争を前に防空法が1937(昭和12)年4月に公布され、各府県に「防空委員会」が設置されました。主要な施設や高層建築物、海岸線、他に監視哨がつくられ、青年学校生徒などが動員され、敵機・敵艦を24時間態勢で監視しました。
防空法は1941(昭和16)年から何度か大幅に改正され、退去禁止と応急消火義務などが新設され、罰則規定もありました。
(「退去禁止」・・・政府は(空襲に対して)国民の退去を認めない、したがって勝手に退去したものに対しては政府は食糧などについて責任を持たぬ、だから国民は有事の際自分の家、自分の町、自分の都市は死守せねばならぬ・・・。空襲から逃げる事も許されない時代でした。)
2011年、小倉の書店「クエスト」前より北の方向を見上げると7階建てのテナントビル「ワシントンビル」の
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