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スティーブ・マックィーンと聞くと懐かしいアクションスターを思い出す。姓名は同じだがこちらはイギリスの黒人監督。刑務所内のIRA政治犯の囚人たちのハンガーストライキを扱った「ハンガー」で注目された。抗議のため全裸の男たちが毛布を羽織り、糞尿を壁にこすりつける描写に辟易とした。主演はこの映画同様にドイツ人だがアイルランドで育ったマイケル・ファスビンダーだった。
その辟易とするシーンを監督・脚本のマックィーンは舞台と時代を現代のNYに変え、IT企業に勤める金に不自由しない独身の青年の描写に盛り込む。
主人公ブランドン(マイケル・ファスビンダー)はセックスに摂りつかれている。頭の中にはセックスの事しかない。仕事は出来るので上司、デイビッド(ジェームス・バッジ・デール)の受けも良い。時間も金も余裕があり仕事中でも抜け出して情事に耽る。エスコートサービスの女を電話で配達して貰ってセックス、会社のトイレで自慰をし、暇だとAVのDVDを見る。会社でも家でもPCのポルノサイトを見ている。だからある日出勤したらPCが無い。ブランドンのPCはクリーニングに出された。彼のPCからのメールがポルノサイトのウィルスに冒され(僕もそんな経験がある)社内に伝播していたのだ。ブランドものの洋服を着、街の女が振り返るほどのハンサムのブランドンはしかし無口で何を考えているのか分からない。仕事の仲間、マリアンヌ(ニコール・ビヘイリー)とデイトをし、ホテルへ連れ込むが突如不能になる。彼女から慰められたが帰って貰う。素人はダメなのだ。そしてエスコート・ガールを呼んでホテルの大きな窓に押し付けて後ろからのセックス。ハドソン河の舗道や船から丸見えだ。女二人を交えて男とのセックスシーンにも驚く。ファスビンダーも相手の女性も丸裸だが今頃珍しく局所はボカし性器は見えない。マックィーン監督はセックスを敢えて醜く撮っていて決して煽情的で無い。ボヤカシは無用に思えるのだが。
ブランドンはこれほどのセックス中毒だが、彼なりに社会規範に沿ったまともな生活を送っている所へ、妹のシシー(キャリー・マリガン)が住むところが無いとアパートに転がり込んで来る。するとブランドンの生活が悉く狂い始める。シシーはナイトクラブの歌手をしているが、男好きのヤリマン。酔った上司のデイビッドが口説いたらその夜ブランドンのアパートに連れ込み大声を挙げてファックを始める。セックス好きのブランドンも溜らなくジョッギングに出かける。ブランドンの部屋は何も飾りも無くシンプルで片付いているがシシーが来てから衣服は脱ぎ放し、ゴミも散らかしほうだい。
この二人の異常さは何処から来たのだろう?兄妹は隣りのニュージャージー出身。隣の州と言っても田舎のだだっ広いだけの味気ない所だ。二人にとってニューヨークは自分たちの憧れの都市、欲望のはけ口なのだろう。シシーがナイトクラブで情緒たっぷりに「ニューヨーク、ニューヨーク」をピアノにあわせて聞かせる。(デイビッドがシシーに惚れるシーン)
ブランドンはシシーに自分の半身(これが「シェーム」恥、か)を認識し、遂に切れ、アパートから出て行けと大声を挙げる。シシーは泣きだし、ブランドンは夜のNYをあてもなく彷徨い歩く。
それでも血を分けた肉親だ、もしや電話をかけても応答の無いシシーに何か起こったのかとアパートへ駆け戻るブランドン。
決して後味の良い映画では無いし、マックィーン監督は事実だけを並べてその意味するものや後ろに控えているものを観客の想像に任せている。
3月10日より渋谷シネクイント他で公開される。
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