カールフリード・フレーリッヒ(山吉智久訳)「『取って読め』―アウグスティヌスの聖書解釈の基礎」(日本版インタープリテイション73号所収)
|
聖書は偉大な書物であるが、それは反面、神の一時的な賜物の一部にすぎず、究極の目的に至る手段、旅の道具にすぎない。 |
トラックバック(1)
トラックバックされた記事
「聖書に基づく信仰」??
<font color=blue> > 聖書を読まねばキリスト信者たり得ないという暴論は、古代教会の信者を貶めるだけでなく、神を貶めるものである。</font> http://blogs.yahoo.co.jp/kjrik/13944585.html カトリック教会が正典目録を定めるまでの数百年間、キリス
2005/10/16(日) 午後 9:34 [ カトリック的。 ]
トラックバック先の記事
- トラックバック先の記事がありません。

well said!
2005/10/15(土) 午前 1:27 [ angelic feline ]
聖書研究は老後のたのしみにしています。聖アウグスティヌスにあやかりたい(^^;)
2005/10/15(土) 午後 8:05 [ kjr** ]
ところでkjrikさんは教会法について勉強されたことありますか? こういうのって法律をわかっている人が読むのとド素人の私が読むのとは全然とらえ方が違うんでしょうね。一応、教会法のコピーをもっているので何か問題があると引用したりするのですが、字面通りに読んでいるだけじゃ、本当は中身がわかっていないのでよくないのでしょうね。素人はやっぱり教会法うんうんと口にしないほうがいいものなんでしょうか。ご意見をおきかせください。
2005/10/15(土) 午後 11:06 [ angelic feline ]
重要な論点を提示されていると思いましたのでトラックバックさせていただきました。 カトリック的信仰(歴史)観といえば大げさですが、キリスト教信仰が聖書を作ったという当たり前の順序が、なかなか分かってもらえないんですよね・・・。
2005/10/16(日) 午後 9:42 [ agnus_d_vir ]
あれ? 投稿が反映されない? Yahooブログ、エラー多すぎ! これはバトンと称するチェーンメールのせいでもあるのかもしれないですが。
2005/10/16(日) 午後 9:46 [ agnus_d_vir ]
聖書と教会が互いに影響しあっており、教会が聖書を育んだということは歴史的な事実ですから、歴史を勉強した人だけではなく、一般によく知られていることだと思います。これに反発する人は、教会が聖書を一から作り出した(とカトリック教会などが言っている)という誤解に陥っていることが多いです。カトリック教会などは聖書が存在する以前からの歴史的実在ですから、それらの信者は古代からの連続的な歴史的観点からことを考えるのでそのような誤解に陥りにくいだけかもしれません
2005/10/18(火) 午後 10:30 [ kjr** ]