ありがとう0系新幹線スペシャルサイト(JRおでかけネット)
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0系について調べている中で、とても素晴らしいサイトを知りました。
0系の歴史や記念フォト、開発者のインタビューやムービーなど盛りだくさんです。
私もこれから少しずつ読んで勉強したいと思います。
すべての車両について、このようなページがあれば…と思いました。 |
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0系について調べている中で、とても素晴らしいサイトを知りました。
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私もこれから少しずつ読んで勉強したいと思います。
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摂津市の新幹線公園に保存されている0系の番号「K16」に興味を持ち、0系新幹線の編成記号の意味をまとめてみました。Wikipedia「新幹線0系電車」を参考にしています。
新幹線開業当初
はじめは全てが同じ編成だったため、製造会社名のアルファベットと数字を組み合わせた記号を使用。 N(Nippon)…日本車輛 K(Kisha)…汽車会社 R(River)…川崎車輛 S(Short)…近畿車両 H(Hitachi)…日立製作所 T(Tokyu)…東急車輛(1966年6月の6次車〜) 山陽新幹線岡山開業時(1972年3月15日〜)
H(Hikari)…「ひかり」 K(Kodama)…「こだま」16両編成 S(Short)…「こだま」12両編成 S編成は「こだま」を16両編成にそろえるまでの暫定的な編成名のため、すぐに消滅。 1976年〜 大幅仕様変更時
N(New)…小窓車のみで組成の「ひかり」 NH(New Hikari)…在来車と小窓車が混在している「ひかり」 1979年以降の「こだま」では一部が小窓車に置き換えられた。先頭車を置き換えた場合は編成記号に50を加算、中間車の場合は変更なし。 1985年3月14日ダイヤ改正〜
復活した「こだま」S編成のうち、 SK(Short Kodama)…先頭車が小窓車のもの S(Short)…先頭車が大窓車のもの R(Rokuryo)…山陽新幹線小倉−博多間専用の6両編成(1985年6月〜) R編成の運用区間はのちに山陽新幹線全区間に広がる。 1987年4月〜 国鉄民営化
編成記号はそのまま引き継がれる。 JR東海所有の「こだま」編成の16両編成化
Y…S編成を16両化したもの YK…SK編成を16両化したもの WR(West Rokuryo)…6両編成の「ウエストひかり」
WK(West Kodama)…12両編成の「ウエストひかり」(シネマカーなし) WKV(West Kodama Video)…12両編成の「ウエストひかり」(シネマカーあり) Q(Quarter)…4両編成(16両の4分の1)(1997年〜)
運用終了へ向けて
・1999年9月18日 東海道新幹線での定期運用終了、16両編成消滅
・2000年 「ウエストひかり」の運用離脱。SK編成(WK編成)登場。SK編成を6両に組成変更した「こだま」用のWR編成はR編成の60番台で表記。
・2001年10月 Q編成が消滅。
・2008年11月30日 R編成 (R61, R67, R68) が定期運転を終了
・2008年12月14日のさよなら運転をもって0系の営業運転全て終了。 |
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大阪・摂津市の鳥飼車両基地に300系に会いに来た私を、先に0系が迎えてくれました。
基地に隣接する新幹線公園です。
大好きな0系ちゃんに対面するととても心ときめき、さっそく待ち受け用にカメラに収めました。
私は幼少の頃親の里帰りでよく0系に乗っていましたが、大人になってから乗車したり走っているのを見た記憶がなく、鉄道ファンになったのもラストラン後でした。
それでも、鉄道を好きになった原点がこの0系にあるような気もするほど、大好きな電車です。
この0系は、ブルーがほかの0系と少し違う色のようでした。
お友達からとてもさみしい雰囲気があったと伺っていましたが、本当にそう思いました。
摂津駅からここに歩いてくる間の風景も影響しているのか、私も0系ちゃんがここにいるのがとてもかわいそうな気持ちで近づいてきました。
そして対面すると、ひしひしとなにか訴えかけてくるものを感じました。
それは、これまでに対面した0系たちとは違うものでした。
「かわいい鳥さんだね いっしょに居てくれて、いいね」といいました。
すると、「ぼくの友達なんだ」と0系は言いました。
前回0系に会ったのは交通科学博物館でですが、その時から月日を経て、電車の編成番号というものがとても気になるようになっている今日このごろ、この0系の窓に書かれた、「K16」という文字が、とても印象的でした。「kayo」の「k」と同じでちょっとうれしくなりました…
でもなぜか、番号は写っていません…
車号は撮っていました。
300系のF編成など、新幹線の編成番号の意味をこれまで考えたことがありませんでしたが、この0系に出会って、初めてその意味を知りたくなりました。
調べてみるととても奥深い歴史があり驚きました。
0系のことをもっと知りたくなりました。そうさせるほどのパワーが、この0系からは伝わってきました。
調べた結果この0系は1969年、日本車輛製でもともとはS16編成、1984年に廃車されたということでした。
「K」は、こだまのKだったのですね。
何も知らない私は、0系はラストラン後、各地に保存されたと思っていました。
この0系は、0系全廃よりずいぶん前からここに居るのだと切ない気持ちになりました。
後ろから見たようす。
塞がれていることに胸が痛くなりました。
「トウ」という文字の意味を知りたくなりました。
運転室あたりにある階段を上って、車内を見ました。
オリジナルのままでとてもすばらしい車内です。
交通科学博物館の車両は座席など改装されていましたので、とても感激しました。
幼いころの心はずむ旅がよみがえってくるようでした。 内部は、隣にいる電気機関車とともに第2・4日曜日に公開されているようで、ぜひこの日に行ってみたくなりました。
0系ちゃんのとなりには、すてきな電気機関車が居て、一人ではないと思い少し安心しました。
(つづく)
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ラストランの翌日、300系が大阪の鳥飼車両基地に居ると知り、会いに行くことにしました。 とても遠いと言われる距離がどの程度なのか不安に思いながら、摂津駅から南方向へと歩いていきました。 鳥飼車両基地には、「新幹線公園」が隣接しています。 0系新幹線と、電気機関車EF15が展示されています。 その案内が摂津駅近くに早速出ていて安心しました。 少し歩くと摂津市役所があり、前に「セッピィ」というキャラクターの像がありとても癒されました。 「がんばってね」と笑顔で言ってくれました。 鶴野橋という橋の手前で、川を見渡すと、向こうのほうにこちらを見ているひとがあるのに気づきました。 もしかして… 「0系ちゃん!!」 (私は電車にニックネームをつけますが0系はそのまま0系ちゃん、と呼んでいるのです…) 心の中で叫びました。 あそこが新幹線公園、鳥飼車両基地もそんなに遠くないと思い、急いで橋を渡りました。 思わず手を顔に当てました。 川からただよう臭いが鼻をついたからです。 ここに0系ちゃんが居るのが少しかわいそうになりました。 でも、鳥たちは悠然と泳ぎ、 向こうには新幹線が力強く走っているのに励まされました。 橋を渡って左が新幹線公園ですが、少しまっすぐ行き、鳥飼車両基地に新幹線たちが勢ぞろいしているところを見に行きました。 網目越しなのが悔しいですが、たくさんの新幹線たちと対面できる喜びは大きいものがありました。 みんな、知的でクールで冷静で、やさしい電車たちでした。 この新幹線たちの向こう、ちょうど0系ちゃんが居るあたりに300系は居るのかもしれないと期待を胸に、川沿いを歩きました。 そしてまず、0系ちゃんと会うことができたのでした。 (つづく)
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このある銭湯で見かけた「お子様新幹線」はお皿が新幹線(しかも0系のような)で、コップがトーマスです!実際に子供が食べているのを見たときはトーマスではなかったのですが、一度こんなメニューを食べてみたいものです。 このメニューを食べた子供が鉄道とともに楽しいひとときを過ごしてほしいです。 |
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開設日: 2011/8/6(土)