懐かしき「 昭和パラダイス 」へようこそ!

昭和の懐かしいテレビ番組や音楽、映画、生活を紹介します。

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惜しくも2011年に亡くなられた人達

1月8日 – 横澤彪、日本のテレビプロデューサー
1月14日 – 和田勉、日本の演出家、映画監督
1月14日 – 細川俊之、日本の俳優
1月23日 – 喜味こいし
3月10日 – 坂上二郎、日本のコメディアン、俳優
4月21日 – 田中好子、日本の女優、アイドル歌手、元キャンディーズメンバー
4月25日 – 田中実、日本の俳優、声優
5月6日 – 団鬼六、日本の作家
5月7日 – セベ・バレステロス、スペインのプロゴルファー
5月9日 – 岡田茂、日本の映画プロデューサー、東映名誉会長
5月12日 – 上原美優、日本のタレント
5月16日 – 児玉清、日本の俳優、司会者
5月21日 – 長門裕之、日本の俳優
6月23日 – ピーター・フォーク、アメリカ合衆国の俳優
7月12日 – 宮尾すすむ、日本の司会者
7月19日 – 原田芳雄、日本の俳優・歌手
7月26日 – 小松左京、日本のSF作家
7月27日 – 伊良部秀輝、日本の元プロ野球選手
8月4日 – 松田直樹、日本のサッカー選手、元サッカー日本代表
8月5日 – 前田武彦、日本の放送作家、タレント
8月21日 – 竹脇無我、日本の俳優
8月29日 – 滝口順平、日本の声優、ナレーター
9月21日 – 杉浦直樹、日本の俳優
10月10日 – 柳ジョージ、日本のブルースシンガー
11月21日 – 立川談志、日本の落語家、自由民主党元参議院議員
12月10日 – 市川森一、日本の脚本家
12月21日 – 上田馬之助、日本のプロレスラー
12月20日 – 森田芳光、日本の映画監督、脚本家
12月24日 – 入川 保則 、俳優
12月28日 – 杉原 輝雄、ゴルフ

改めてご冥福をお祈りいたします。

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遠足のおやつといえば・・・

遠足のおやつといえば・・・

小学生の一大イベントに遠足というのがありましたね。
もちろん行く先々で見たり、体験したりするのも楽しかったんだけど、他におやつを持って行けるっていうのが楽しみの一つでした。
今回はボクというか、友達も含め当時よく持っていったおやつを紹介したいと思います。

ところでみなさん当時の遠足のおやつの上限金額でいくらでしたか?
地域や年代によってかなり変わると思いますが、ボクの場合(昭和45年)は確か・・・200円ぐらいだったと思います。
でも当時の200円って今の物価にすると多分10倍ぐらいだと思うんで、2000円ですよ〜。
これって凄くですよね〜。お小遣いは当時月に100円しかもらってなかったから・・・。

ってなわけで、遠足前日に友達と200円持ってお菓子屋に行くのが遠足に行く以上に楽しかったですね〜。

スピン
イメージ 1「かっぱえびせん」や「カール」を持ってくる奴が多かった中、ボクはいつも持っていったのが「スピン」でした。
一度に何枚も重ねて食べるっていうのが何とも贅沢な食べ方をしてましたね(笑)
ボクはいつもカレー味を買ってました。
確か当時はいろんなロボットのイラストシールがおまけに付いてましたね。
今は残念ながら販売は終了しているみたいです。


コーヒーガム
イメージ 2当時は「コーヒーガム」に限らずコーヒー味というのが妙に高級感があって好きでした(笑)。
牛乳も好きだったし、ライオネスコーヒーキャンディも中にちょっと苦いコーヒーシロップが入っててよく食べましたね。
でも確か遠足のおやつにガムは禁止だったような覚えがあるんだけど・・・。
そういえば中学になってからはおやつでよく持っていったガムは「イヴ」でしたね。
イメージ 3



都こんぶ
イメージ 4一口目はちょっと塩辛くて、噛めば噛むほどほど味がでるというお菓子が「都こんぶ」でした。
今から思うと何で当時「都こんぶ」があんなに子供たちから支持されていたのかとても不思議なんですが、かなりの高確率で「都こんぶ」を持ってくる子がいましたね。


ハイクラウンチョコレート
イメージ 6ちょっと値段が高かったから時々買うのを躊躇しちゃうんだけど、好きだったな〜。
タバコのパッケージみたい箱に入った高級志向のチョコレートでした。1箱に銀紙に包んであるチョコが4本入ってました。
ただ気を付けなきゃいけないのが夏の遠足の場合。
楽しみに箱を開けるとドロドロに溶けたチョコとご対面なーんていうことになりかねないんですよね。


チョコバー
イメージ 5
石坂浩二さんがチョコをかじりながら♪バーバーチョコバー♪っていう歌が流れるCMが懐かしい「チョコバー」もおやつの定番でした。
今でこそスニッカーズってお菓子があるけど、当時としては丸かじりできるチョコとして一世を風靡しましたね〜。

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青春のエンタメ情報誌 「ぴあ」と「City Road」

青春のエンタメ情報誌 「ぴあ」と「City Road」

イメージ 1

これも時代の流れなのか「ぴあ」が休刊になりましたね。
学生時代はこれを手にアチコチの映画館に通ったもんです。
昨日おもわず最終号を買ってしまいました。
最終号は昭和の思い出がたくさん詰まっている内容なので興味のある方はぜひ読んでみてください。

映画好きには「ぴあ」はかかせない雑誌で、当時は数百円で3本立てなんていう映画館がたくさんあって、友達とおもしろそうな映画を探しては電車に乗って遠くまで見に行ったもんです。
気に入った映画は赤ペン(←競馬好きのおっさんか)でチェックするもんだからしばらくすると映画コーナーのページが赤ペンだらけになったもんです(笑)

それと忘れちゃいけないのが「はみ出しYouとPia」ですね。
各ページの隅に縦一行で投稿ハガキによるギャグが掲載されるんだけど、これが抱腹絶倒のギャグが満載で当時はここからよくギャグネタを仕入れたもんです(笑)
そういえば三谷幸喜さんも投稿の常連だったみたいですね。

一方「ぴあ」と張り合っていたのが「City Road」でした。
創刊は1971年で、因みに「ぴあ」は1972年の創刊なので「ぴあ」よりも1年ばかり早いんですね。「ぴあ」の方が先だと思ってました。
確か「City Road」は月刊で値段も安かったので時々買ったりしたけど、マイナーというかサブカル路線がどうにも馴染めずに気が付いたら「ぴあ」に戻ってましたね。
でもコラムはおもしろかったな〜。

39ぴあ

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初体験!カンドーフード!

初体験!カンドーフード!

今ではフツーに食べれるし、どこにでも売ってる食べ物が昭和の時代ではまだ食べれなかったというか、一般に普及してなかった食べ物ってたくさんありましたよね〜。
もちろん育った環境というか家庭の経済状況でも大分違いがあるようですね。
ボクの家はそんなに裕福じゃなかったから小学時代〜高校時代の間で初めての食経験、しかも「こんなおいしうものが世の中にあったのかぁ〜」というカンドーを随分味わったもんです。
今回はそんなカンドーフードの一部を紹介させてもらいますね。

イメージ 1
HOTDOG
ホットドックではなくHOTDOGです。
日本語ではなく英語なんですね。英語だといかにもアメリカ〜って感じがするじゃないですか。
っていうのも初めてHOTDOGを食べたのは外人のお客さんがたくさんいるアメリカテイストのカフェでした。
それまでソーセージといえば魚肉ソーセージか真っ赤なウインナーしか知らなかったボクは写真のような太くて皮がパリっとしたソーセージなんか食べた事なかったんですね。
おまけにレタスがこれでもかっていうくらいに入ってて、一緒に入ってたピクルスも初体験。
たっぷりのケチャップソースに程良い辛さのマスタードが彩り良く盛られてて、さらにコッペパンがトースターで軽く焼いてあるんですね。
それまで給食に出てくる柔らかいコッペパンぐらいしか知らなかったから表面がカラっと焼かれているコッペパンに食べる前からカンドーしてましたね(笑)
そんでもってアメリカンサイズのHOTDOG食べたんですが、一口食べた時のカンドーたらなかったですね〜。
それこそこんなおいしいものが世の中にあったのか〜って心の中で叫んでましたね。
そのせいなのかそれからしばらくして食べたアメリカンドックは思ったよりカンドーしなかったですね。
ちなみにボクの友達の一番のカンドーフードはアメリカンドックでした。

イメージ 2
ミックスピザ
当時は今みたいに種類がたくさんなくて、ボクが初めてピザを食べたお店(近所の喫茶店)にはミックスピザ一種類しかありませんでした。
当時ボクは小学5年生でした。
生地もクリスピーのような薄いものはなくて、いわゆるパン生地って言われてるものしかなかったですね。
コーラとセットで頼んだんだけど(セットで当時400円)、ピザソースとタバスコの辛さが甘いコーラとぴったりであっという間に完食しちゃいましたよ。
今はもうその喫茶店はなくなっちゃったけど、その前を通るたびにあのピザの味を思い出すんですよね。

他にもまだたくさんカンドーフードがあるので続きはまた書かせてもらいますね。
みなさんの初体験カンドーフードもぜひ教えてください!

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闘え! ドラゴン

闘え! ドラゴン

イメージ 1
1974年放送開始
世界的なカンフー俳優といえばフルースリーだったけど、日本では倉田保昭でしたね。
「闘え!ドラゴン」は当時「帰ってきたドラゴン」で一躍有名になった倉田保昭さんが主演していたカンフードラマでした。
ただ空前のカンフーブームの時代とはいえ、変身ヒーローや怪人が出ない設定が子供には馴染めなかったのか、半年で終了。でもその後、CS放送のファミリー劇場で再放送され、再び脚光を浴びたそうです。

倉田さんは1966年「丸出だめ夫」』でデビュー(記憶にないな〜)。
そういえば「柔道一直線」も出てましたね。
その後、香港映画界の名門ショウ・ブラザースのオーディションに合格したのを機に、折りから全盛のカンフー映画へと転進。同年『「悪客」で香港映画デビュー。以降、悪役の日本人俳優として活躍し、1974年「帰ってきたドラゴン」で凱旋帰国を果たしました。

1975年からは「Gメン'75」に草野刑事役として出演してましたね〜。
以降も日本、香港、台湾を股にかけて活躍し、現在も現役俳優として活躍中。

闘え! ドラゴン



帰ってきたドラゴン

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