モダン・ジャズ 直前の(スウィング・ジャズ) 最終回
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☆私の好きなモダンジャズは、いよいよクライマックスになり、今日が最終回を迎えました。
皆様ご声援ありがとうございます。 今日は、1940年から60年にかけてのモダンジャズの前の、1930年代から1940年代初めにかけて大流行した、白人が主体となって作られた大人数編成によるジャズの形態の一つであるスウィング・ジャズをご紹介します。そもそも黒人ブラスバンドやマーチングバンドと呼ばれるものとは、音楽的に直接の関係はないとされるがブラスバンドから発展したともいわれている大人数のジャズ、ビッグバンドの形態の一つであります。 ジャズの系譜の中では初期のものにあたる。スイングジャズは、スウィングのリズムを含んだ軽快なダンスミュージックであり、ジャズの特徴である即興演奏(アドリブ)や個人演奏(ソロ)よりも、念入りな打ち合わせに基づくビッグバンド全体での演奏(アンサンブル)に重点が置かれた。世界大恐慌で、人々は甘く、癒しの音楽を望む傾向になった。さらに、ラジオや蓄音機の登場で、レコードが普及、一定時間内に終わる必要性が出てきた。また、ライブを観に来た客も、レコードと同じ演奏を期待するようになった。そのため、楽器曲の緻密なアレンジ(編曲)が要求され、アレンジャー(編曲者)も重要視されるようになった。 代表的なミュージシャン クラリネット ◗アーティ・ショウ ◗ベニー・グッドマン サクソフォン ◗レスター・ヤング トランペット ◗ルイ・アームストロング ◗ハリー・エディソン ◗ハリー・ジェイムス トロンボーン ◗グレン・ミラー ◗トミー・ドーシー ピアノ ◗デューク・エリントン ◗カウント・ベイシー ◗フレッチャー・ヘンダーソン その他 ◗ライオネル・ハンプトン(ヴィブラフォン) グレンミラー、カウントベイシー、ベニーグッドマン も迷いましたが、今日は、私の好きなデューク・エリントンをご紹介します。 略歴 1899年、ワシントンD.C.で生まれる。父親は、著名な白人医師ミドルトン・カスバートの執事であり時々ホワイトハウスへの仕出し業も行っていた。小学生の頃からピアノを習い始め、ハイスクールでは校内のパーティでピアニストとして活躍していた。同時期に音楽教師から高度な作曲理論を学び(「私の音楽に対する勉強は、GフラットとFシャープの違いを学んだことからはじまった」という言葉は有名)、1916年にピアニストとしてデビューした。その後ニューヨークに進出し、1927年にニューヨーク市マンハッタン区ハーレムにある高級クラブ「コットン・クラブ」とバンド契約した。1930年代から第二次世界大戦後にかけて『A列車で行こう』(作曲はビリー・ストレイホーン)など、音楽史に残る様々な作品を世に出した。 1964年に新潟市で新潟地震が発生した際に日本公演を行っていた。地震の被害を知ったエリントンは次に予定されていたハワイ公演の予定をとり消して東京厚生年金会館にて震災に対する募金を募ったコンサートを開催した。その後コンサートの純益である96万円が新潟市に贈られ、再来日した1966年には新潟市より国際親善名誉市民の称号が贈られた。 エリントンが亡くなった現在でも彼が立ち上げたオーケストラは存続しており、2008年にも日本公演をしている。 特に有名な曲が「A列車で行こう」 (Take the 'A' Train) は、ジャズのスタンダード・ナンバーの一つで
1939年にデューク・エリントンが楽団のピアニスト兼作編曲者であったビリー・ストレイホーンに作詞・作曲をオーダーして作られた作品である。1941年2月15日にエリントン楽団の演奏でレコードが発売され大ヒットした。
それでは、代表曲でもあるA列車で行こうを聞いてみよう。
(by:Wikipedia) Duke Ellington: Take The "A" Train
☆この曲もあまりにも有名だ・・Duke Ellington - Satin Doll
今年の、予約は・・コットンクラブにて・・http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/111216duke/
12.16.fri - 12.20.tue
Showtimes 7:00pm & 9:30pm ※12.18.sun Showtimes 5:00pm & 8:00pm メンバー未定 ![]() ■自由席 テーブル席 : ¥9,000 ■指定席 BOX A (4名席) : お1人様¥11,000 BOX B (2名席) : お1人様¥10,500 BOX S (2名席) : お1人様¥10,500 SEAT C (2名席) : お1人様¥10,000 <予約受付開始日 : 10/15(土)> ☆次回は10月の予定・・お気に入りの曲です・・(^^)/
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