鹿児島・薩摩川内 / 入来麓 武家屋敷跡 2・犬ノ馬場~十文字馬場~上ノ馬場
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∞ 国指定重要伝統的建造物群保存地区 こちらにも、玉石垣が並びます。 凹みがあるのは、敵が攻め込んできたときに、身を潜めるためだったとか。 街路がまっすぐに延びるところが近世、曲がりくねっているのが中世の特徴という。 両方の時代が併存する街並みは全国でも珍しいそうです。 犬ノ馬場は、中世の麓集落の名残と考えられている。これらの馬場で注目されるのは、犬ノ馬場である。犬ノ馬場は、文亀元年(1501)の文書にその地名があらわれており、そこは中世の麓集落の名残と考えられている。 犬ノ馬場の北西端に赤城神社が祀られており、境内には町内最古の大永4年(1524)の六地蔵塔が建てられている。 入来麓は中世の面影を色濃くとどめる所と言える。 入来麓は、中世の山城である清色城と、その山麓に近世に築造された地頭館、そして蛇行した樋脇川(清色川、天然の濠に見立てたもの)に取り囲まれた武家屋敷が一体となって歴史的環境を持ち伝えている所である。 十文字馬場から南は整然とした近世の区画であるが、犬ノ馬場から北側の竪馬場にかけては不整形な中世的な区画が今も受け継がれている。 入来麓は、いわば、中世から近世にかけての歴史が一つの地域の中に重層しながら今日に至っている地と言えよう。 ーー町並み紀行:まちづくり取材(愛知淑徳大学 谷沢明研究室)より転載ーー (入来町大字浦之名 2011年10月19日) |







ただの石垣では無いのですか 時代によって変り行く道 狭いんでしょうこの通り?
維持して残すのも大変です〜〜
ここ歩いたんだァ…広いですね〜〜
肉食べてパワーつけましょう 笑
2011/11/15(火) 午前 11:47 [ marugarycho ]
マルガさん、昔ながらの狭い路地ですよ。
馬場という名前ですが、「通り」という意味でしょうね?
城跡に登らなければ、さほど広いエリアではありませんよ。ザックリ観れば30分から1時間半くらいです。
私めも、登城はいたしませなんだ・・・(^^)
2011/11/15(火) 午後 0:31
見事な玉石垣群ですね。また、造りも周辺もきれいに整備されていて気持ち良いほどですね。こういう所は珍しいんじゃないですか。ポチだねェ
2011/11/15(火) 午後 5:51 [ donpancho ]
パンチョさん、昔の人の技術はすごいですね。
この石垣はセメントで固めたよりも丈夫なんだそうです。
目立った立派な建物は残っていませんが、何も無い良さ、観光地化されていない良さが入来にはあります。
2011/11/15(火) 午後 7:32
石垣だあ。南に行くほどあるって聞いたことが・・・(。。)
規則正しく並んでいるね。
作る過程が知りたい(@_@)コツコツ積む様子が見たい〜。
2011/11/15(火) 午後 8:50
碧ちゃん、九州は石の文化だね。
山の中に行くと、今でも石橋が沢山あるらしい、巡ってみたいけど、バスも通らないような所じゃ無理!(涙)
武家屋敷跡だって、他の土地では家を土塀で囲んでいるけど、九州は石垣があったから、建物は無くなったり建て直されても、今でも昔を偲ばせてくれる・・・石はすごい!
2011/11/15(火) 午後 10:17
こんにちは、玉石の石垣は珍しいですね。
当時はコンクリなど当然有りませんから空積みの筈ですが、
材料調達と、噛み合わせを考えれば玉石は不利ですから
良く積み上げたものだと思います。
でも、この位の高さなら、軽量で使い勝手も良いから丁度なのかも分かりませんね。
掃除も行き届き、綺麗に保存されているので、地元の方の地域への愛情と熱意が伝わってくる様です。
2011/11/16(水) 午後 0:59 [ bmw1100rs1 ]
bmwさん、こんにちわ〜
川がすぐ近くを流れていますから材料は事欠かなかったでしょうが、それにしてもすごい数ですよね。
隙間に砂を詰めるとか言ってましたが・・・
地域の方が草取りやお掃除をされているそうです。きっと昔からそうされてきたんでしょうね〜!
2011/11/16(水) 午後 5:20
見事な玉石垣ですね。
ポチっと。
2011/11/16(水) 午後 6:14
houzanさん、ポチありがとうございます。
カーブのつけ方も見事ですね。
2011/11/16(水) 午後 7:58