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国登録有形文化財(平成15.01.31)

名称: 岩尾家住宅(旧日本丸製薬所)主屋
(いわおけじゅうたく(きゅうにほんがんせいやくしょ)しゅおく)

年代: 大正後期(1912-1925)竣工/昭和初期(1926-1988)増築
構造及び形式等: 木造3階建、瓦葺、建築面積171㎡
登録基準1: 国土の歴史的景観に寄与しているもの
解説文:伝統的な町並みが残る豆田上町の中央にある薬局。
    主屋は大正後期に建てられた2階建,塗籠の町家で,昭和初期に3階の望楼が増築された。
    正面1階右端には唐破風の屋根を飾り,2階には銘木を多用した大広間を造る。
    「豆田の天守閣」として市民に親しまれている。
     *他に明治初期建の離れ、明治後期建の土蔵が登録文化財に指定されている。



日田・豆田上町通りの中央に位置する建物。

向かい側は「まちの駅」で、土産物屋や食べ物屋さんが集まっているところなので、
これも、観光地によくあるこけおどしのナンチャッテ天守閣だろう〜と思ってました。
壁にデカデカと「日本」なんて書いてあるし・・・

近寄ってみたら、どうもそんな感じじゃなかったんですね〜

調べてみたら、長い歴史のある薬局で、国の登文にもなっている建物でした。

さすがは、重伝建地区の豆田町、大変失礼しました!!m(__)m


日本丸(にほんがん・にっぽんがん)の原料は、牛黄(ごおう)・麝香(じゃこう)・羚羊角(れいようかく)・蟾酥(せんそ)・熊胆(くまのい)・真珠(しんじゅ)の動物漢方と人蔘などの薬草を使用。

原料を石臼でひき、すり合わせ小さく丸め、朱色に色づけし、乾いたものを保存かめに入れ、仏前で薬に使った動物のたましいを供養したのち販売していたとか・・・。

主用効能は、熱病・風邪・腹痛・下痢症・霍乱・赤痢・コレラ・疱瘡・麻疹・吐くだし・中厚・悪心・胃病・肺炎・肋膜炎・呼吸器病・腎臓炎・心臓炎・心臓弁膜異常・胃痙攣・黄疸・神経痛などだそうです。

すごい効き目・・・当時の宣伝文句が

  ・ふしぎによくきく 日本丸
  ・火の用心。病の用心に日本丸
  ・のむすぐきく 天下の名薬
  ・心臓と大熱には一等よくきく
  ・色々のんだが やっぱり日本丸。のんだ!ねた!おきた!なおった日本丸

今なら「個人の感想です」「効き目は個人によって違います」ってただし書きしないとダメね(^^)


◎日本丸の歴史

 創業は江戸末期・安政2年(1855)掛屋を営んでいた14代半蔵が、たまたま岩尾家に300年来伝わる家伝薬に目をつけ、薬種屋「伏見屋岩尾古雲堂」を開業し、また「伏見屋百貨店」を営業する。

その後、明治20年(1887)15代昭太郎がその家伝薬に朱色をかけ、日の丸をイメージする「日本丸(にほんがん)」(心臓と熱さましなどの特効薬)として、販売を開始する。
効能に加え、ユニークな宣伝方法で爆発的な売り上げをしめし、東京・大阪・京都・名古屋・札幌・朝鮮・満州に支店を開設し、ハワイ・ブラジルにまで販路を広げる。

戦中には、「日本丸」を慰問袋に入れ、戦地に向かったというエピソードも残っている。
昭和18年には国にゼロ戦を1機寄付するほど莫大な富を築いた。
しかし、時代の波により原料仕入れ困難となり、
昭和40年代に製造を中止し、その90年余年の歴史に幕を閉じた。
その後も薬販売のみ続けていたが、平成3年秋大型台風19号が日田を襲い、最上階の銅版などが飛び、大損害を受けたため修復し、この機会に平成5年3月資料館「日本丸館」をオープンすることとなった。

◎建物について

江戸時代から昭和初期にかけて増改築を重ね、展望楼を持つ現在のかたちとなったため、入り組んだ迷路のような間取りになっている。(平屋建て→2階建て→3階建てに増築)

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入母屋、平入の巨大な主家を有する木造4層3階建ての建物である。 母屋2階の大広間は明治後期の建築で、本座敷24畳、控えの間8・5畳、奥の間は33畳(奥の間はギャラリー連として使用中)の広さを要す。 廊下は松の1本造り、長押は杉の1本造りで継ぎ目がなくめずらしく、大広間から眺められるように造った庭園や中庭も見ることが出来、当時の商家の華やかさが見受けられる。 展望楼へあがると、日田の町並みが一望でき、「豆田の天守閣」とも言われている。                                     ーー日本丸館HPより転載ーー


                                (豆田町 2011年10月25日)

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    日田はいいところだと友人が言っていましたが、行ったことがありません。おかげで、少し輪郭が掴めました。ポチ!

    ゆったりCheetah

    2012/2/25(土) 午前 9:08

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    望楼建築ですねー。とにかく目立つでしょうね。入口の唐破風の懸魚の大きな王の文字にビックリ。鶴に囲まれて、薬の効果を謳っているのか、自信の表れか。
    薬を買って来ましたか。そうか製造中止か、残念だね、これだけ効けば旅の携帯には欠かせないよね。ポチ

    [ donpancho ]

    2012/2/25(土) 午前 10:22

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    Cheetahさん、ポチありがとうございます。
    良い所でした。ぜひ今度は行ってらしてください!

    Architec

    2012/2/25(土) 午後 3:26

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    パンチョさん、大きな建物なんで、一体全体なんだろうかと思いました。
    なんたって、零戦1機寄付したんだから「王」ですよ(^^)

    効くかどうか分かりませんが、持っているだけで安心・・ってお薬ですよね〜(笑)

    Architec

    2012/2/25(土) 午後 3:32

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    凄い大儲けしたんですか〜〜多分 富山の薬売りも日本丸を売り歩いてたんでしょうね。

    [ marugarycho ]

    2012/2/25(土) 午後 6:52

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    マルガさん、昔は薬が少なかったからか?薬やさんは裕福な家が多いですね。
    富山の薬売りって、富山で作ったものを売ってたんじゃないの??

    Architec

    2012/2/25(土) 午後 8:53

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  • 望楼が凄いですね。
    和漢薬の歴史は戦後急速に失われましたね。

    ポチっと。

    houzan

    2012/2/25(土) 午後 10:23

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    houzanさん、全国で残っている所も見ますが、生薬も自家薬園で栽培しないと、自然の物で・・というのは難しい時代でしょうね?
    ポチありがとうございます。

    Architec

    2012/2/26(日) 午前 7:40

    返信する

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