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2012年2月9日

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熊本・熊本 / 熊本城・4 宇土櫓(うとやぐら)



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●西出丸から西大手門方向 

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●左から本丸の小天守、大天守、御殿

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国指定重要文化財(昭和8.01.23)

宇土櫓(うとやぐら)
 年代: 慶長6〜12年(1601〜1607)
 構造及び形式等: 三重五階櫓、地下一階付、続櫓一重櫓、一部二階、総本瓦葺
 所有者名: 国(文部科学省)

 本丸の西北隅、20mの高石垣の上に建つ3層5階地下1階、地上約19mの櫓で、天守並みの構造と大きさを誇ります。
熊本城には天守とは別に、この規模の五階櫓(ごかいやぐら)が明治初年まで5棟(築城当時は6棟)存在しました。

 宇土櫓の名前の由来は宇土(うと)の小西行長(こにしゆきなが)が関ヶ原で滅んだ後、小西の家臣の一部を清正が召し抱えて、宇土小路(うとこうじ)として、
現在に名前を残します京町(きょうまち)に住まわせ、櫓をこの一団に管理させたことから、こう呼ばれたのではないかと言われています。

 かつては宇土城天守閣を移築したとの説がありましたが、平成元年の解体修理の際にその痕跡が見つからなかったので、現在は否定されています。

 宇土櫓の屋根には鯱が乗り、大小天守閣と並んで三の天守と呼ばれることもありますが、この鯱(しゃち)は旧来からあったものではなく、昭和2年(1927年)に陸軍が解体修理した際に城内に保管してあった鯱を取り付けたものです。

この鯱は青銅製で高96cm、重さ約60kgあります。ちなみに、鯱(しゃち)は阿(あ)と吽(うん)の2体で1対です。(阿(あ)は雄のこと、吽(うん)は雌のこと。)

国指定の重要文化財ですが、現在は内部を一般公開しています。

                                      ーー熊本市HPより転載ーー

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熊本城の建物の中で一番好きなのが、この「宇土櫓」です。
前回は時間が遅くて、中に入れなかったのでとても楽しみでした。

西南戦争時の火災に耐えて生き残った櫓。
柱や床は節目が浮き上がり、過ぎてきた年月を物語っています。

西大手門からの攻撃の護りとなったのでしょうね。

ところで、熊本城の櫓は、「飯田丸」や「平左衛門丸」など家臣の名前をつけて、清正との主従関係を際立たせていたということです。天守が清正というわけですね。

宇土城(うとじょう)は、秀吉から加藤清正と共に熊本の地を分割拝領した、小西行長のお城です。
彼は天草周辺を統治、天草の乱の平定に苦労したようですね。キリシタン大名だったから・・?

しかし、清正と小西行長の間には、壮絶なる確執があったそうです。



                                  (本丸 2011年10月24日)


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熊本城が「ぎんなん城」なワケ



全国にあるお城には別名がついていますね。 ああいうふうに呼んでいたかどうかは別として、
どこも、虎とか鷹とか姫路は白鷺とか、勇ましい又は優雅なイメージの名前が多いです。

山城は霞(かすみ)が付くのが多いですね。庶民から見たら霞の彼方のように思えたでしょう・・
平城は亀というのもありますが・・・(^^)

どうして、熊本城の別名が『銀杏城(ぎんなんじょう)』という変わった名前かという根拠がコレ ↓


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◎熊本城の別名が「銀杏城」と呼ばれる由来の樹

熊本城は別名「銀杏城(ぎんなんじょう)」といい、その名前はこの大銀杏に由来します。

清正(きよまさ)公が築城の際にお手植えになったと伝えられ、
また、清正が亡くなるときに、「この銀杏の木が天守閣と同じ高さとなったときに、何か異変が起こるであろう」と予言し、それが奇しくも明治10年(1877)の西南戦争のときであったとも言われています。

清正は銀杏の実を食料とするために、この木を植えたとよく言われますが、残念ながらこの木は雄の木で実はつけません。
現在の木は西南戦争で燃えたあとに、芽吹いた脇芽が成長したもので、130年でこれだけの大きさに成長したのです。 
                                        ーー熊本市HPよりーー


そう、イチョウの木って雌雄の木が揃ってないと実を付けないんですよね!

そうなると、清正が籠城に備えて土壁にカンピョウを練り込んだとか、たたみ床に何かを入れてたというのも伝説かな〜


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