高島秋帆・江川坦庵の足跡を訪ねてー東京・岡部・韮山を歩く(1)
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2日の午前の便で長崎を立って、荷物は東京駅のロッカーに預け、昼食をとり、午後文京区の秋帆の墓のある大円寺を訪ねた。前に一度訪れているのだが、今回は前回見落としていた秋帆の紀功碑を確認し、撮影する意味があった。幸い住職さんにもお会いでき、前回奥さんに頂いた日めくりカレンダーのお礼を述べることができた。その際カレンダーの一つにある「恩は遠くから返えす」の意味についてお尋ねした。住職さんは「親の恩など近くにあって深い恩はなかなかわからないものだ。単純な他人への恩から返していけばいずれ深い恩がわかってくる」という意味のことをおっしゃったような気がするが、理解が間違っているかもしれない。
その日は三鷹の三男の家に泊まり、7ケ月ぶりに孫に会い、歩けるようになり、音楽に合わせてリズムをとる成長した姿を喜ぶ。
3日午後松月院を訪れる。高島秋帆が徳丸原で西洋砲術を幕臣や大名に披露したときの本陣が置かれた寺だ。池袋から東武東上線で下赤塚で下車。バスに乗り換え赤塚八丁目で下車。二度目なのでスムーズに行く。この日の目的は秋帆史料を展示している松宝館の見学だ。土・日・祝日しかあいていないということだったので、この日の拝観見学となった。高島秋帆肖像画、徳丸原演砲御見分之図、高島秋帆佩刀(脇差)・秋帆先生自画賛砲丸形茶釜など興味深く拝観できた。写真撮影は不可ということだつたが、風景としてならいいということで、二、三枚撮らせてもらった。その後近くの板橋区立郷土資料館まで足を延ばした。
写真(上)大円寺の高島秋帆紀功碑(明治18年上の公園に建立、大正11年大円寺に移転)
(下) 松月院松宝閣の秋帆史料 |
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