日々の生活
ボランティア先週の土曜日、宮古市にボランティアに行ってきました。
これまで震災のボランティアには行きたかったけど
おちびさんが小さかったことと、活動の仕方、方法が分からず
今日まで来てしまいました。
震災当時に比べると、ボランティアの数は激減しているとのこと。
これからは地元県民が支えて行かねば
知り合いで市の社会福祉協議会のボランティア活動に参加している人がいたので
先月、ミーティングに参加し、12日に宮古市に行ってきました。
朝6時半に駅に集合。
3時間かけて宮古市に到着。
2500円バス代を負担して、計14名でマイクロバスで向かいました。
途中、旧川井村の小さなパン屋さんにより、パンを買いました。
おいしかった〜。
宮古市の福祉センターに到着すると、各地からのボランティアが集まっており
ラジオ体操をして、ミーティングをしました。
私達は数十箇所ある仮設住宅に3人ずつのグループにわかれて
集会所に来る人の話し相手になるというボランティアです。
担当者いわく『とにかく傾聴してあげてください』ということを言われました。
もしかして集会所に人が来ない場合もありますが、その時は仕方ありません、
こちらからドアをノックして誘うことはしないでくださいという注意も受けました。
私は年輩の女性2人と集会所へ。
10畳くらいの部屋にテレビやカラオケのセット、本棚、お茶セット、別室は台所もありました。
お茶を淹れて、人が来るのを待ちましたが、
案の定、だれも来ません・・・
このまま午前中が終わるのかなぁと思っていると
初老の男性が一人来ました。
自治会長さんとのこと。
「今日は晴れたし、みんな山菜採りに行ったんじゃないかなー」と自治会長さん。
世間話をするうちに、震災当時の避難所生活のことを話してくれました。
避難所生活が続くに連れて、みんなストレスがたまっていき
何十年もご近所づきあいしてきた人の態度が豹変したこと、
小学生の子供が暴力的になって、母親がただただ抱きしめてなだめるしかなかったこと、
居場所のない小学生が、夜になって避難所を飛び出し、夜中にみんなで山の中を探しまわったこと、
自分の奥さんが精神的ストレスで入院生活を続けていることなど
涙ながらに語っていただきました。
人間がいちばん怖いと思ったという言葉が印象的でした。
それから現在の仮設住宅。全員の名前と電話番号が把握しきれていないことを嘆いていらっしゃいました。
壁となっているのは『個人情報』
市や社会福祉協議会で把握していても、『個人情報だから』という理由で教えてもらえないのだそう。
いざ何かが起きてからでは遅い!
そのためにもどんな人がいるのか把握しておきたいのに、そのすべがないのです。
そして市議会議員さんが一度も仮設住宅に来た事がないということにも驚きました。
市民の声を代弁しますと、選挙活動で言っておきながら
いざという時に来てもらわないと、行政に自分たちの声が届かないということも言っておられました。
これからまだまだ問題が山積していることに気付かされました。
若い人たちは仕事もあるし、また家を建てられるけれど
一人暮らしのお年寄りたちは、これからどうなっていくのか、
いつまで仮設住宅にいられるのか
不安を抱えながら生活していく人たちがたくさんおられる現状に
このままではいけないと思いました。
午後は小学生の子供たちがやってきて
カラオケを楽しんでいきました(´∀`*)
自治会長さんに頼まれた書類をパソコンで作成してあげました。
今回のボランティアはこんな感じでしたが
別な集会所では、一緒に折り紙をしたり、お茶を飲みながら話しを聞いたり
小さい子供たちの遊び相手になってあげたり、
ハンドマッサージをしてあげる人もいたようです。
来月は16日に参加予定です。
自分にできることを、精一杯やりたいと思いました。
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