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(三)
宇田川町は大映通りから見て、今のLABIから見て、「左」と「右」の二つにわかれる。
左は、安藤組の子分のキンちゃんの「ランプ亭」が、あのあたりの目玉の店で、左奥の柳小路には「ダーク」前身の「ドール」があった。「ドール」も三島由紀夫の命名で、「人形」でなく、「黄金」だった。
右にも、もう一人キンちゃんがいて、路地の奥の店は、劇団四季の浅利慶太さんたちが集まる店で、このキンちゃんの店はカード賭博で売っていた。
こけしは一度も飲みに行ったことはなかったが、東横線の駅前のどぶ川のあたり。ここの飲屋街のボットントイレで、作家、向田邦子がお財布を落とし、だれかにかき出してもらって、財布を見つけた話をなにかで読んだ。
「玉久」のボットントイレでも、歌舞伎役者の沢村納升さんのツレがクシャミして、金歯を落とし、出来たての金歯で、おしくて、さらってもらって、金歯が出てきた笑い話もある。ボットントイレは今の人は知らないが、汲み取り式便所。
「桜ヶ丘」あたり。ここには以前「ダーク」の近所で営業していた斉藤さんのゲイバー「ドンファン」が有名で、あだ名がビッチの大原麗子、同じビッチのニックネームのスパゲティ製造会社の息子たちがたむろして、イラストレーター宇野亜喜良さんもお気に入りの店で、店のマッチのデザインもする熱の入れようで、宇野さんは、商人顔負けの無類の人当たりのよさのイラストレーターだが、四十年たたないと本心のわからない人だった。
「七つ」のエリアは通り一つで、がらりと空気がかわり、客種がかわり、それぞれの個性で顧客を引っぱっていた。
七つから外れるが、たしかスクランブル交差点あたりに、キャバレー「チャイナタウン」があった。ここのナンバーワンの小田ちゃんには、小田ちゃんだけでなく、小田ちゃんのスポンサーの水野さんにも可愛がってもらい、名前をど忘れしたが、いや、「ムーランジュール」だったかしら、今の公園通りのキャバレー風のクラブのナンバーワン、葵ちゃんとは仲良しで、痴漢が出て、いやがって出た葵ちゃんのアパートに、こけしが引っ越したこともある。
宮益坂を左に入った渋谷唯一のナイトクラブ「ベスタクラブ」は、渋谷のクラブというより、青山のナイトクラブ「青い城」のようなシックで上品な店で、こけしは男の人と踊る時は上着を脱ぎ、女の人と踊るときは上着を着て、自由自在に踊りまくった。
こけしは、朝まで営業する店は、朝まで営業しないと営業できない腕のわるい店ときめつけて、同業者として小馬鹿にしながら、まだ無名のヒデとロザンナの、ヒデが歌っていた「深海魚」や、石原裕次郎が常連の「ドンキホーテ」、ドンキホーテは片仮名でなく漢字の当て字の店に寄ったりしたが、こけしが渋谷で飲むのは大抵「ダーク」の営業中の仕事中、閉店後はほとんど六本木に飲みに出た。
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ロ リ顔の子にぶっかけちゃったよん♪♪♪(^^)
ビュルルルッて出したら、チョー気持ちよさそうなイキ顔してたぞwwww
初めて逆 援 助したけどマジはまりそうだわwwwww
ttp://hood.jukekick.com/c69v1ur/
2010/10/9(土) 午前 9:54 [ まっちろになっちったwww ]