残暑お見舞い申し上げます
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「国家の解体」なんかを論ずる前に重要なこと
当ブログのゲストブックに、自分の政治思想も国家を消滅する考えがあると書いてきた人がいた。それま での彼の言わんとすることは、私どもの政治主張があまりにも、既存の政治学の枠組みにあてはまらない ゆえに、無理にでもあてはめようとするところがあった。 さらに
2005/10/29(土) 午後 0:04 [ 平和党政策会長 木村重成のチョット言い過ぎですか?! ]
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今日は時間ができたのでお答え申し上げます。法律のないところに秩序がないとされますが、たとえば貨幣のやりとりは信用で成り立っています。あるいは、日本民族の場合、西洋的な法がなくとも、お互い様でやっていける能力を持っています。ですから、国を変えることよりも村の単位から自然に通じる経済システムをつくっていくのが妥当と考えております。次に、右翼と左翼の対立と申し上げてはおりますが、
2005/10/4(火) 午後 11:41
現代においてはさほどそれは深刻ではなく、わかりやすい話として言っているだけです。日本においては左右の定義が人によって曖昧であるのでそれにはあまり言及しておりません。ヨーロッパの考える左右両翼とは明らかに違うと認識しております。とくに今世紀の国際紛争は左右のイデオロギー論争ではありませんから。しかし、この両翼とも国家主義であることは疑う余地がありません。つまり、国家権力は民主主義においてコントロールすべきとしたのが20世紀であります。だが、現にそうなっているでしょうか。
2005/10/4(火) 午後 11:42
コメント表示されているでしょうか
2005/10/4(火) 午後 11:44
まさに村ひとつひとつを作っていくことが国であります。これが平和党の国体です。御存知とは思いますが、そもそも国の語源であるクニは、故郷を指し、六合をさします。
2005/10/4(火) 午後 11:57
これが日本的な国のあり方であり、私が言う右翼は、西洋思想舶来の国家主義であり、日本にはなじまないと思います。もともと江戸時代までは地方分権であったものを、西洋式に中央集権としたために国家の力が強くなったのだと考えています。江戸時代は自由主義という言葉はないし、現代から比較して生活において不便があったかもしれませんが、自由はあったと思います。教育や福祉はないかもしれないが、国家は関与せず、農民以外は税負担はほとんどありません。
2005/10/4(火) 午後 11:57
話は前後しますが、法律の通じない国家でうまくいかないところは確かにあります。たとえば先ごろのイラクのように。これはその状況に陥る以前の原因は戦争は恐慌です。国民が不安を抱いた上に、国家体制が消滅してしまえば、国民は混乱するのが当然です。わが党の想定は、このパターンではありません。意図的に自然主義経済を各地域で起こしていくという方法です。
2005/10/5(水) 午前 0:01
コメントありがとうございます。ぜひ記事の方でも「国家の解体」(これだけかくとアナーキストみたいだw)の具体的な方法をこれからも御執筆ください。
2005/10/5(水) 午前 1:36