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原発と人類

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原発と自然エネルギー

先進国のほとんどで、「脱原発」が進み、世界全体でさえ、自然エネルギーが原子力を超えたというのに、なぜ日本は自然エネルギーが1%レベルなのだろうか?

自民党は、「自然エネルギー」推進と言っておきながら、最も価格が高い「太陽光発電」だけを推進し、価格の安い「水力・風力・地熱」などを推進せず、電力を買い取りもしないで、自然エネルギーが普及しない仕組みをつくってきた。すべては、莫大な利益をもたらす、「原子力発電」を守るためであった。

これに一人で挑んだのが、管首相である。自民党が、あれ程管首相を批判したのはちょっとおかしい・・・と思わなかっただろうか?まるで、他の人ならOKと言わんばかりであった・・・つまり、管首相は、自民党やそれを取り巻く利権構造にとって、よっぽど都合の悪いことを推し進めようとしていたのだろうとだいたい察しがつく。

浜岡原発の停止、玄海原発の再稼働の停止、エネルギー基本法の白紙撤回、電力発送電の見直し、「脱・原発依存」の発言、保安院の経済産業省からの分離、再生可能エネルギー買取法案などを管首相は、推し進めていた。「唐突・根回しなし・・・」と散々批判された管首相であるが、これらの法案の内容は、野党だけでなく、民主党内からも反対されるほど、様々な方面の利権に関わる内容であった。当然、発言は、根回しのできない、唐突な内容にならざるをえなかったのである。与野党の大多数である原発推進派を敵にまわしたのであるから、マスコミや様々なあらゆる手法をつかって攻撃の的になったのは当然であった。大切なことが、国民の心に届かぬまま、管首相は退陣したのである。

ドイツでは、再生エネルギー買取法案が10年以上前に成立したことで、市民発電などが広がった。先進国のほとんどは、電力が自由化され、競争による経営の合理化・電力料金が低下が進み、「脱原発」が加速したのである。原子力関係の猛烈な反発は必至であるが、この法案が通らないと、「脱原発」に必要な「発送電分離」、「電力会社の独占禁止」、「地域の独占禁止」に進まない。

野田新首相は、大連立を打ち出している。つまり自民・公明との妥協である。管首相が、大きな困難の中、ここまで筋道をつけたこれらのものを壊してしまわないことだけを願っている。

(NPO法人 ネットワーク「地球村」通信 9月号より転載引用)

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日本の電力

節電の夏である。東日本大震災の福島原発事故以来、日本各地で電力不足問題が大きく取りざたされている。関西電力は、15%の節電の取り組みを企業や家庭に求めているが、昨年よりも益々暑くなりそうな今年の夏、はたしてこの先どうなるのだろうか?

関東地方は、震災直後、大規模な計画停電にみまわれた。震災による原子力発電所の停止によるものと、我々国民には伝えられたが本当の原因はそうではない。原因は、津波によって火力発電所が4基止まっていたからである。依然として、原子力発電所は、止まったままなのに、もう計画停電は一度も行われていない。危険度の低い火力発電所はこわれても、すぐ直るのである・・・

政府発表の、エネルギー・経済統計要覧をみても、1970年以降、夏場の最大電力使用量が、火力発電と水力発電の最大発電量を超えたことはたったの1度もないのである。「暮らしの電気の30%は原子力・・・」というのは、原子力発電を優先して使っているということで、火力発電所がそのためにたくさん止まっているのである。最近各地で、原発の再稼働問題が取りざたされているが、電力不足問題というよりは、明らかに、自治体の補助金が目的なのである。

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経済と生活

経済の発展と素晴らしい生活は両立しないのである。

どんな生活が素晴らしいかという好みは、人それぞれであるが、僕の好みは、少なくとも、緑のない大都会の高層マンションで最先端の家電製品に囲まれて、高級車を所有し、山海の贅沢な珍味を堪能するような暮らしではない。山の中の緑に囲まれた小さな家で、食べるだけの野菜を自然農法で作りながら、食べれるだけの本質的に陰徳を重ねられるような仕事を続けながら、家族そろって楽しく愉快につつましく暮らしていく・・・そんな暮らしが、僕の素晴らしい生活である。

現代的な贅沢な暮らしというのは、直接的であれ、間接的であれ、地球資源や地球環境を搾取することでしか実現できないものである。多くの仕事が、人間自らが作り出した問題の後始末であることが多いのである。人間は、社会システムをわざわざ複雑にすることによって、過剰な経済を発展させてきた。つまり、それが人間のエゴと傲慢の本質である。人類は、今も依然として、そのような暮らしを追求し、今以上の豊かな物質文明を求めようとしている。

「経済発展」と言う、多くの人たちは、多かれ少なかれ、皆これらの片棒を担いでいるといえる。今、我々ひとりひとり、自分自身の最大限の思慮を働かせ、自分の仕事、生活、生き方を問い直す必要がある。

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もんじゅ

「もんじゅ」とは、高速中性子を使ってプルトニウムを増殖する高速増殖炉、研究途中の原型炉である。政府は2050年に実用化をめざすと言っているが、事故に次ぐ事故によって現在まで6度延期になっており、全く実用のめどはたっていない。

世界の高速増殖炉は、事故と撤退の歴史であり、あまりの危険性から、各国が開発を中止した中、日本だけがいまだに研究を続けている。

通常の原子炉は、水を循環させて炉心燃料を冷やしているが、もんじゅは、ナトリウムで冷やしている。ナトリウムは、空気や水に触れると大爆発を起こすため非常に危険である。

そのもんじゅは、試運転で事故を起こして以来、15年間止まっていたが、2010年5月、試運転を再開した。しかし、約1時間稼動しただけで、炉内の中継装置が原子炉内に落下するという重大事故をおこし、現在また止まっている。炉内に危険なナトリウムがあるため、どうしても復旧することが出来ず、再開のめどはたっていない。今回の事態は、福島原発に匹敵するほどの重大な危険性をはらんでおり、担当者は、事の重大性に自殺した。当初もんじゅの建設費は、360億円であったが、建設終了時には、5900億円。もんじゅは開発が始まって以来、止まっていた15年間も含め、現在も1日あたり5500万円の維持費がかかりつづけている。

プルトニウムの毒性は、ウランの比でなく、もし、もんじゅで今回のような事故が起これば、近畿・東海は重大な放射能汚染を受ける。確実に琵琶湖は汚染され、関西の飲料水はなくなる。がん死亡者予測は、600万人。

もんじゅのある敦賀半島と若狭には、活断層があみの目のように走っており、もんじゅ直下には、2本の活断層がある。1983年、もんじゅの安全審査時にはなぜかパスした。

もんじゅの核燃料であるプルトニウムは、六カ所村の核燃料再処理施設で作られる予定であるが、再処理したプルトニウムをガラス固化する技術が確立されておらず、稼働のめどが立っていない。再処理施設の寿命は、40年であるが、非常に危険な高レベルの放射性廃棄物を管理するために、この先380年間、維持費が電気料金から差し引かれつづけられる。しかし、廃棄物の危険年数は1万年以上。六カ所再処理施設稼働後のコストは、13兆円。

日本の原子力発電所の使用済み核燃料の貯蔵庫は、もうすでに一杯なので、それらは六カ所再処理施設に運ばれている。もし、もんじゅが止まれば、再処理施設が不必要になり、使用済み核燃料は行き場を失う。新たな貯蔵施設建設が難しい現在、原子力発電は中止せざるをえなくなる。廃炉にすべき問題点を挙げれば切りがないにもかかわらず、もんじゅが止まらない理由がここにある。

原子力発電は、単に、電力問題ではなく、莫大なお金が動く原子力開発の仕組みの中、それをやめることが出来ないというのが真実である。政府発表の経済統計要覧によると、1970年以降、最大電力が火力・水力発電の最大発電量を上回ったことは、過去1度もない。

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新しい価値観

実は、この世の中に展開する現実は、自分だけの現実なのである。
人それぞれに、それぞれの現実が存在し、その人によって生きている世界は、全く異なっているのである。我々は、ひとつの世界に共存し、人類のひとりとしてこの地球上に日々生きていると思っているが、本当は、人によって生きている世界は異なり、起こっている事象は全く違っているのである。

この感覚を、世の中では、「意識の覚醒」、2012年の「5次元への昇華」などと言っている。
この覚醒は、誰にでも体験できるものであるが、それには大前提として、この世の中が幻であるという正しい世界観の認識が必要である。

世の中の大多数の人たちのように、世の中を合理的にしか見れない人にとっては、到底受け入れがたい観念であろう。しかし、これが真実である。
人は、合理主義によって、科学や知識、人の生き方まで、様々な宇宙の秘密を解き明かしてきた。長い歴史の中で、素晴らしい文明を築き上げてきた。しかし、世の中に存在している今以上の秘密は、もう、合理主義では解けない問題なのである。最先端の科学者が言っているように、科学を突き詰めると神の領域に達するという認識は、いわゆる、人類に今必要とされている新しい世界を見る価値観なのである。しかし、そのような事柄は、昔から存在していた。はるか昔から、この世の中は、ずっとずっと、この正しい世界観によって営まれてきたのである。それに気がついて、世の中に説いたのが、キリストや仏陀、世界の聖人・哲学者であった。

ということは、世の中のすべての問題の解決方法が見えてきたことになる。この世の中が合理的に成り立っているのであれば、世界中のあらゆるところに危険極まりない放射性廃棄物が貯蔵され、戦争が蔓延し、環境破壊が止まらないこの世界はもう、絶望的に見える。しかし、この現実は、精神が作った幻である。精神が最高の判断をしたとき、世界は一瞬で変わる。世の中は、みるみるうちに変わっていく。我々は、その判断を求めて、毎日一生懸命、悩みながら日々を生きていると言えるのである。
反対に言うと、我々がいい加減な気持ちで、適当に日々を生きるとき、世界は破滅するのである。自分の気持ちに素直に生きれない人は、日々、自分の理想から遠ざかっていると言える。

福島原発の今回の大惨事も同じことが言える。

間違いに気付いたとき、考えを改め、正しくやり直せば世の中は救われる。我々の思いはかなう。反対に、間違いに気付きながら、それを続けたならば、人は必ず破滅へと向かうのである。

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